「うちもAIを使え」という号令は、多くの組織で先に来ます。一方で、AIに何を読ませるかという足元の議論は後回しになりがちです。AIモデルの性能ではなく、それが参照する自社データの側が整っていなければ、期待した答えは返ってきません。Harvard Business Review Analytic Servicesとデータ基盤ベンダーのClouderaが2025年10月に実施した調査では、自社データが「AIに完全に準備できている」と答えた企業はわずか7%でした。本稿では、この調査を入り口に、AIを導入する前に整えるべき全社データ基盤の現状と、障害の正体、そして日本の中堅企業でも同じ構造で起きる「使えないデータ」の問題を整理します。前提となる主語は、特定のCRMやMAではなく、組織全体のデータ基盤とデータ戦略です。
「完全に準備できている」はわずか7%という調査
まず調査の素性を押さえます。これはHarvard Business Review Analytic ServicesがHBR読者を対象に実施したもので、回答者は230名超、2025年10月の調査です。スポンサーはデータ基盤ベンダーのClouderaであり、データ整備の重要性を強調する動機がある立場である点と、230名超という比較的小さな標本である点は、読むうえで割り引く必要があります。それでも、AIを推進する読者層の実感として示す数字には意味があります。
- 自社データが「AIに完全に準備できている」と答えた企業は7%
- 27%は「あまり準備できていない」「まったく準備できていない」と回答
- 73%が「データの準備が難しかった」と回答し、73%が「データ品質を優先すべき」と考えている
(参照:Cloudera「Only 7% of Enterprises Say Their Data Is Completely Ready for AI」(2026年)、BigDATAwire「Cloudera: Only 7% of Enterprises Say Their Data Is Completely Ready for AI」(2026年))
7%という数字だけが独り歩きすると、標本の小ささに足をすくわれます。ここで重要なのは、AIに前向きな企業群の中でも、データの準備が「できている」と胸を張れるのはごく一部で、4社に1社以上はむしろ「準備できていない」と自覚している、という分布です。さらに、より大きな別の調査がこの傾向を裏づけています。同じClouderaがIT責任者1,270名を対象に2026年1〜3月に実施した調査では、96%がAIを事業の中核に統合していると答え、85%がAI戦略を持っていると主張しながら、約80%がデータへのアクセスに制約があると認めています。(参照:Cloudera「Nearly 80% of Enterprises Say AI Is Held Back by Data Access Challenges」(2026年))
230名超の小さな調査が示した「準備不足」は、1,270名規模の調査で「データにアクセスできない」という形でほぼ同じ方向を指しています。戦略があると言いながら、土台のデータには手が届いていない。この二重の結果は、AI活用の難所がモデル選定ではなくデータ側にあることを示唆しています。
準備を阻むのは技術ではなく、サイロと戦略の欠如
では、何がデータの準備を阻んでいるのか。HBR読者調査では、障害として挙げられた上位は次のとおりです。
- データのサイロ化(部門・システムごとの分断)が56%
- データ戦略の欠如が44%
- データ品質やバイアスの問題が41%
- 規制やコンプライアンス上の制約が34%
(参照:Cloudera「Only 7% of Enterprises Say Their Data Is Completely Ready for AI」(2026年))
注目したいのは、最大の障害がアルゴリズムの精度でも計算資源でもなく、サイロ化、つまりデータが部門やシステムごとにばらばらに分断されている状態だという点です。次点が「データ戦略の欠如」であることも示唆的です。技術以前に、どのデータを、誰が、何のために整えるのかという設計図が無い。実際、この調査でデータ戦略が「確立している」と答えた企業は23%にとどまり、過半数の53%は「策定の途上」と回答しています。
ここに、AIを「どう載せるか」より「何を読ませるか」を先に問うべき理由があります。サイロ化したデータの上でAIを動かせば、ある部門だけの偏った景色からしか答えが出ません。戦略不在のままツールを増やせば、分断がもう一段深まるだけです。データ品質ツールを提供するValidityが2025年に公表したCRMデータ管理の調査でも、CRM利用者の76%が自社データの半分以上は不正確または不完全だと回答しており、品質の問題は全社基盤からCRMのような業務システムまで地続きで現れます。(参照:Validity「The State of CRM Data Management in 2025」(2025年))全社のデータ基盤を整える話と、目の前のCRMを掃除する話は、同じ構造の別レイヤーです。
なぜ「2年以内にエージェントAI」が前提を急がせるのか
このHBR読者調査では、回答者の65%が「2年以内に自律的に動くエージェントAIが業務の一部を補完または代替する」と予想しています。これはあくまで読者層による将来予測であって、確定した実績ではありません。ただ、予測であってもこの数字が示す意味は小さくありません。
人が逐一指示するAIなら、出力がおかしいときに人が気づいて止められます。しかし、自律的に判断して動くエージェントAIは、参照するデータが歪んでいれば、その歪みを高速かつ大量に業務へ反映してしまいます。手作業なら「これはおかしい」と途中で止まったはずの誤りが、自動化の規模で再生産される。エージェントAIの実用が近いと考えるのであれば、その前提となるデータ基盤を整える猶予はむしろ短い、という読み方ができます。
73%が「データ品質を優先すべき」と答えたのは、こうした切迫感の裏返しでもあるでしょう。AIの自律化が進むほど、土台のデータが結果を左右する度合いは大きくなります。
日本の中堅・少人数組織で起きる同じ構造
ここからはRespectifyの実務視点です。「データのサイロ化」「データ戦略の欠如」は大企業だけの問題に見えますが、規模を問わず同じ構造で起きます。むしろ中堅・少人数の組織のほうが、気づかないうちに分断が進んでいることが少なくありません。
グループ会社でDX推進と親会社への報告を担う立場であれば、典型的なのはツールの乱立です。SFA・名刺管理・MA・表計算が部門ごとに別々に育ち、前任者の退職で設定の意図も分からなくなる。この状態は、HBR読者調査が言う「サイロ56%」と「戦略欠如44%」がそのまま縮図として現れたものです。「AIを使え」と言われても現場で使えない原因は、多くの場合モデルではなくこの分断にあります。AIの検討に入る前に、どのデータを正とし、どう統合するかを決める。この順番こそが、稟議で説明すべき投資の中身です。
少人数でマーケティングを回す立場でも、構造は同じです。MAを入れたものの、フォームとメール配信で止まっていて、顧客の行動データは管理画面のあちこちに散っている。広告の管理画面、サイトのアクセス解析、商談の記録が連動せず、どの施策が成果につながったかが見えない。これも立派なサイロ化です。違いはレイヤーだけで、課題そのものは230名のHBR読者が答えた内容と重なります。
中堅・少人数の組織にとっての現実解は、全社一括の基盤刷新ではなく、まず「使えるデータ」を小さく整えることです。直近で意思決定に効く領域を1つ決め、そこに関わるデータの正本を決め、表記や項目のルールを揃える。エージェントAIのような自律的な活用は、この土台ができてから乗せる。順番を守るだけで、AIに振り回されるリスクは大きく下がります。AIを業務に組み込む段階の設計は業務へのAI実装(AI Enablement)支援で、営業のパイプラインや顧客データを整える基盤づくりは営業最適化・パイプライン管理の支援で扱っていますが、いずれも「データを整えてからAI」という順番を前提にしています。
まとめ
- Harvard Business Review Analytic ServicesとClouderaの調査(HBR読者230名超・2025年10月)では、自社データが「AIに完全に準備できている」と答えた企業は7%。27%は「あまり・まったく準備できていない」と自覚し、73%が「データ品質を優先すべき」と回答しています。
- 標本が小さい点は割り引くべきですが、同社のIT責任者1,270名規模の別調査でも約80%がデータアクセスの制約を認めており、AIの難所がモデルでなくデータ側にあるという傾向は重なっています。
- 準備を阻む最大の障害はサイロ化(56%)と戦略の欠如(44%)で、データ戦略が確立済みの企業は23%にとどまります。技術以前に「何を、誰が、何のために整えるか」の設計図が足りていません。
- 回答者の65%が2年以内のエージェントAI活用を予想しています。これは将来予測ですが、自律的なAIほど歪んだデータの影響を高速に拡大するため、土台を整える猶予はむしろ短いと言えます。
- サイロ化と戦略欠如は規模を問わず起きます。ツール乱立も、MAがフォーム止まりなのも、同じ構造の別レイヤーです。中堅・少人数の組織は、全社一括ではなく「使えるデータ」を小さく整えることから始めるのが現実的です。
AIに何をさせるかを決める前に、AIに何を読ませるかを整える。データ基盤の現状やAI活用の順番に迷う場合は、無料相談からお気軽にご相談ください。