「社内でAIはどれくらい使われていますか」。この問いに、多くの会社はアンケートや導入率で答えてきました。しかし、アンケートで分かるのは「契約した」「使ったことがある」までで、実際にどんな業務で、どんな使われ方をしているかは見えません。この空白を埋める珍しい材料が、AI開発企業のAnthropic(生成AI「Claude」の開発元)が公開している調査「Anthropic Economic Index」です。同社は自社サービス上の会話ログ200万件を匿名化して分析し、AIが実際の仕事でどう使われているかを定点観測しています。本稿では、2026年1月と3月の2本のレポートから主要な数字を整理し、あわせて「開発企業の自社データ」という出自ゆえの限界をどう差し引いて読むべきかまで踏み込みます。
目次
まず、この調査の位置づけから確認します。AI活用の実態調査として広く引用されるのは、McKinseyの年次調査のような大規模アンケートです。当ブログでも取り上げたとおり、同調査ではAIを定常利用する企業は88%に達する一方、大きな利益貢献を出せている企業は約6%にとどまります。ただ、アンケートには構造的な弱点があります。回答するのは人であり、「導入したか」「効果を感じるか」という認識を測ることはできても、現場で実際に何が行われているかを直接は観測できないのです。(参照:McKinsey「The State of AI in 2025」(2025))
Anthropic Economic Indexはアプローチが逆です。2026年1月のレポートでは、2025年11月13日から20日までの1週間に発生した、個人向けサービスClaude.aiの会話100万件と、企業がシステム経由で利用するAPIの記録100万件、計200万件を分析対象にしています。個々の会話を人が読むのではなく、プライバシーを保護した自動分析で、会話がどの職業タスクに対応するかを分類する手法です。つまりこの調査は「導入したか」ではなく「実際に何をさせているか」を測っています。アンケートとログ、どちらが優れているという話ではなく、測っているものが違う。この区別が、本稿でいちばんお伝えしたい読み方です。
1月レポートで最も注目された数字が、利用の質の分類です。同レポートは会話を、人がAIと往復しながら作業を仕上げる「拡張(augmentation)」型と、タスクの完遂そのものをAIに委ねる「自動化(automation)」型に分類しています。結果は、2025年11月時点のClaude.ai上で拡張が52%、自動化が45%。前回の集計から拡張は5ポイント上昇し、自動化は4ポイント低下しました。
「AIが進化するほど仕事は丸ごと置き換えられていく」という直感に対して、少なくともこのログ上では逆の動きが出ていることになります。利用が成熟するにつれ、人が確認や修正を挟みながらAIと共同で仕上げる使い方の比率がむしろ増えている。AIへの委任が一直線に進むわけではない、という観測は実務感覚とも合います。
1月レポートにはもう2つ、日本の読者に関係の深い記述があります。1つは、Claude.aiの利用量で日本が米国、インド、英国、韓国と並ぶ上位5か国に入っていること(この記述は1月レポートのものです)。もう1つは、利用の集中度です。1月レポートの時点では、Claude.ai上の利用頻度上位10タスクがサンプル全体の24%を占めていました。AIの用途は無限に語られますが、実際の利用はソフトウェア開発や文書作成など特定のタスクにかなり寄っている、というのが2025年11月時点の実態でした。(参照:Anthropic「Anthropic Economic Index: January 2026 Report」(2026))
2026年3月に公開された続報は、2026年2月5日から12日の利用分を分析しています。ここで集中度の数字が動きました。Claude.ai上の上位10タスクが全体に占める割合は19%となり、11月時点の24%から低下したのです。特定用途への一極集中がゆるみ、利用の裾野が広がりつつあると読めます。社内で「AIは結局、議事録要約くらいにしか使えない」という声があるなら、用途が分散し始めているというこの観測は反例になります。
3月レポートのもう1つの主題が、学習曲線です。利用歴の長いユーザーは、会話が目的を達成する「成功率」が約10%高いとレポートは紹介しています。ただし、この数字はそのまま引用しないほうがよいものです。同じレポート自身が、タスクの種類などの条件を統制して比較し直すと差は約3〜4ポイントまで縮小すること、そして「うまくいった人ほど使い続ける」という生存バイアスの可能性を除外できないことを明記しています。さらに言えば、ここでの「成功」はClaude自身による会話の評価であり、人間の第三者が判定したものではありません。それでも、経験を積んだユーザーほど成果を出しやすい傾向が統制後も残ること自体は、AI活用に学習曲線が存在することの示唆として読む価値があります。(参照:Anthropic「Anthropic Economic Index: March 2026 Report」(2026))
ここまでの数字を社内資料で使う前に、必ず差し引くべき限界を整理しておきます。
第一に、これはAnthropic社が自社サービスのデータを自社で分析した企業リサーチであり、査読を経た学術研究ではありません。外部の研究者が同じデータで結果を再現することは、構造的にできません。第二に、観測対象はあくまでClaudeのユーザーです。Claudeは開発者やナレッジワーカーの利用比率が高いとされるサービスで、ChatGPTなど他のAIサービスのユーザー像とは異なる可能性があります。「AI全体の使われ方」ではなく「Claudeというサービス上の使われ方」として読むのが正確です。第三に、公平のために書き添えると、当社も記事制作を含む業務でClaudeを利用しており、本稿も完全に中立な立場からの紹介とは言い切れません。だからこそ、礼賛ではなく限界の明示を本稿の軸に置いています。なお、AI活用の全体動向を俯瞰したいときは、独立した第三者による年次集計も併読すると視点が偏りません。(参照:Stanford HAI「AI Index Report」(2026))
一方で、評価すべき点もあります。Anthropicは本調査の集計データをデータ共有サイトのHugging Face(AI研究者向けのデータ・モデル公開プラットフォーム)で公開しており、分類の方法論も文書化されています。生データの再検証はできなくても、集計結果を外部が突き合わせて批判できる状態にはなっている。自社データの分析としては透明性の高い部類であり、「使えないデータ」と切り捨てるのではなく、限界を明記したうえで参照するのが妥当な扱いだと考えます。(参照:Anthropic「The Anthropic Economic Index」(2026))
ここからはRespectifyの実務視点です。この調査から持ち帰れるものは2つあると考えています。
1つめは、AI導入の設計思想です。拡張52%対自動化45%という分布は、実際の現場でAIが「人の判断を残したまま作業を速くする道具」として使われている比率の高さを示しています。これは、業務を工程に分解し、AIに任せる工程と人が判断を握る工程をあらかじめ決めてから導入する、という統制型の設計を裏づける材料になります。「AIに丸投げできる業務を探す」のではなく「どの工程で人が確認を挟むか」から設計するほうが、実際の使われ方の主流に沿っているわけです。セキュリティや統制の制約があるグループ会社で稟議を書く際にも、「全自動化ではなく人の確認を組み込んだ分担設計にする」という方針の根拠として使えます。こうした適用領域の見立てと定着の設計は業務へのAI実装支援で扱っている領域です。
2つめは、「ログで語る」という発想そのものの転用です。この調査の本質は、アンケートの代わりに利用ログで実態を測った点にあります。同じことは社内のAI活用報告にも応用できます。「AIツールを導入済み」という報告ではなく、利用ログから「誰が、どの業務で、週に何回使っているか」を把握すれば、導入と定着の乖離が数字で見えます。利用が特定の数名に集中しているなら、それは全社定着ではなく属人化の初期症状です。CRMやSFAの定着度を活動ログで測るのと同じ発想であり、データが集まる基盤づくりという意味では営業最適化・パイプライン管理の支援とも地続きの話です。
また、学習曲線の存在(統制後でも約3〜4ポイントの差)は、少人数のマーケティングチームにとって我流からの脱却を急ぐ理由になります。使い込むほど成果が出やすくなるなら、プロンプトの型や業務ごとの使い方を早期にチーム内で共有して、学習を個人任せにしないことが効いてきます。
自社のどの業務にAIを組み込み、定着をどう測るか。設計から伴走が必要な場合は、無料相談で現状を伺いながら整理します。