経営層から「うちもAIを使え」と言われる。一方で、足元のCRM(顧客管理システム)を開くと、同じ会社が3件登録されていて、担当者は2年前に異動した人のまま。この状態でAIを載せて、正しい答えが返ってくるでしょうか。データ品質ツールを提供するValidity社が2025年に公表した調査では、CRM利用者の76%が「自社のCRMデータは半分以上が不正確または不完全」と回答しています。本稿ではこの調査を入り口に、AI活用の前提となるデータ整備がなぜ後回しになるのか、日本のCRMで起きやすい「汚れ」の正体は何か、そして導入前に確認すべきチェックリストを整理します。
目次
まず調査の概要から押さえます。Validity社は2025年7月、「The State of CRM Data Management in 2025」と題したレポートを公表しました。米国・英国・オーストラリアのCRM利用者・管理者602名を対象とした調査です。なお同社はCRM向けのデータ品質ツールを提供するベンダーであり、データ品質の問題を大きく見せる動機がある立場です。その点は割り引いて読む必要がありますが、それでも数字のインパクトは小さくありません。
(参照:Validity「The State of CRM Data Management in 2025」(2025年))
注意したいのは、76%という数字の読み方です。「データの76%が不正確」なのではなく、「半分以上が不正確だと自覚している組織が76%」です。つまり大多数の現場が、自社の顧客データを信用できないと自己申告している。これは外部監査の結果ではなく、使っている本人たちの実感です。
週13時間という数字も見過ごせません。週40時間勤務なら、3分の1近くを「探す」だけに使っている計算です。連絡先はどれが最新か、この会社の過去のやり取りはどこにあるか。データが整っていれば数秒で済む確認に、人件費が溶けています。
この調査でもうひとつ目を引くのが、AIとの関係です。回答者の45%が、自社のCRMデータは「AIに対応できる状態にない」と答えています。生成AIツールの導入自体は進んでいるのに、その土台となるデータの側が追いついていない。Validity社はこれを「データ品質とAI実装の断絶」と表現しています。(参照:Validity「State of CRM Data Management in 2025 レポート公表」(2025年))
汚れたデータの上にAIを載せるとどうなるか。AIは与えられたデータを前提に答えを返すため、重複だらけの顧客リストからは重複だらけの分析が、古い担当者情報からは届かないメールの宛先が出てきます。手作業なら人が途中で「これはおかしい」と気づけた誤りが、自動化によって高速かつ大量に再生産されるのです。
この構造は別の調査とも整合します。Gartnerが2025年10月に公表したマーケティングテクノロジー調査では、ベンダー提供のAIエージェント(ツールに組み込まれた自律型のAI機能)を試験導入したリーダーのうち45%が「約束されたビジネス成果に対して期待を下回った」と回答しました。AI機能そのものの性能以前に、それを動かす土台のデータと設定が整っていなければ、期待した成果には届かない。順番として、掃除が先です。(参照:Gartner「45% of Martech Leaders Say Existing Vendor-Offered AI Agents Fail to Meet Their Expectations」(2025年))
ここからはRespectifyの実務視点です。米英豪の調査が示す傾向は、日本のCRMではむしろ増幅されやすいと私たちは考えています。日本語特有・日本の組織特有の汚れ方があるからです。支援の現場でよく出会うのは次のパターンです。
これらの汚れは、立場によって違う形の痛みとして現れます。グループ会社で親会社への報告を担う立場なら、「報告する数値の元データが信用できない」という問題になります。商談件数やパイプライン金額を集計しても、重複と古いデータが混ざった数字を親会社に出してよいのか、毎月の報告のたびに不安がつきまといます。一方、少人数でマーケティングを回す立場なら、「MA(マーケティングオートメーション)を設定したのに成果が出ない」という形で現れます。メール配信の到達率が低い、スコアリングが実態と合わない。その根因をたどると、施策の設計ではなくリストの汚れだった、というのは非常によくある話です。
Validity社の調査には、データ品質の話を超えてもうひとつ重い数字があります。回答者の37%が、「リーダーが聞きたがっている内容に合わせて、日常的にデータをでっち上げている」と答えているのです。
データが汚れていて正確な数字が出せない。しかし報告は毎月やってくる。なら、それらしい数字を作ってしまえ。この力学は、米英豪に限った話ではないでしょう。むしろ日本の報告文化、つまり上長や親会社の期待値に沿った数字を「作って」報告する慣行とは、相性が良すぎるくらいです。会議の前に着地見込みを「調整」した経験は、多くの方に心当たりがあるはずです。
ここで強調したいのは、これを個人のモラルの問題として処理しないことです。元データが信用できない環境では、誰が報告者でも数字の「補正」が起きます。逆に言えば、CRMのデータが整い、レポートが元データから自動で組み上がる状態になれば、そもそも手で数字を作る余地がなくなります。データ整備は、報告の信頼性をシステムとして担保する投資でもあるのです。
では何から手をつけるか。高度なデータ分析は不要です。AI活用の検討を始める前に、まず次の3つの指標を確認することをおすすめします。従業員50〜200名規模のBtoB企業であれば、CRMの標準機能とスプレッドシートで半日もあれば一巡できます。
| 指標 | 確認方法 | 目安と打ち手 |
|---|---|---|
| 重複率 | 会社名・ドメイン・電話番号で重複候補を抽出し、全レコードに占める割合を出す | 重複候補が1割を超えるなら、名寄せ(同一企業・同一人物のレコード統合)を最優先に。統合前に表記ルール(前株後株・全角半角)を1枚で決める |
| 必須項目の充足率 | 自社の営業・マーケに必要な項目(業種・従業員規模・担当者役職など)を5〜10個決め、入力済みの割合を出す | 充足率が低い項目は「本当に必須か」を見直す。残す項目は入力必須化やフォームでの自動取得に切り替える |
| 最終更新日からの経過 | 各レコードの最終活動日・最終更新日を抽出し、1年以上更新のないレコードの割合を出す | 1年以上動きがないレコードは「アーカイブ」へ。配信対象や集計母数から外すだけで、到達率もレポート精度も変わる |
ポイントは、全件を完璧にしようとしないことです。直近1年に活動のある企業から優先して整える。表記ルールを決めて、今日以降の入力から揺れを止める。過去分は名寄せツールや一括更新で段階的に追いつく。この順番なら、少人数の体制でも現実的に回ります。
CRMの設定や名寄せの設計でつまずく場合、たとえばHubSpotであれば重複管理や項目設計の見直しから入る選択肢もあります。RespectifyでもCRMデータ整備から始める営業最適化の支援では、新規導入よりも「すでに入っているCRMのデータ整備と再設計」から始めるケースが少なくありません。そのうえでAIを業務に組み込む段階は、業務へのAI実装支援の領域として整理しています。順番が逆にならないことが何より重要です。
AIに何をさせるかを考える前に、AIに何を読ませるかを整える。地味ですが、ここで差がつきます。自社のCRMがAIを載せられる状態かどうか判断に迷う場合は、無料相談からお気軽にご相談ください。