「代理店が半年かけて育てた商談に、うちの直販営業が後から安い見積もりで入り込んだらしい」。代理店網を持つメーカーの営業責任者なら、一度はこの種の報告を受けたことがあるはずです。売上を作るためにやったことが、代理店の信頼を静かに壊していく。この直販と代理店の衝突は「チャネルコンフリクト」と呼ばれ、海外では防ぐための定番の仕組みがすでに確立しています。それが「案件登録制度(deal registration)」です。本稿では、日本の中堅メーカーで実際に起きる衝突パターンを整理したうえで、案件登録制度の考え方と、明日から設計に使える日本語の実務テンプレートを解説します。
現場で繰り返される衝突の典型パターン
チャネルコンフリクトは、悪意から生まれるとは限りません。多くの場合、ルールの不在が原因です。日本の中堅メーカーでよく見られるのは、次のような場面です。
一つ目は、直販営業による「横取り」です。代理店がエンドユーザーとの関係を耕し、ようやく検討が本格化したタイミングで、その情報がメーカー側に伝わります。直販営業から見れば、それは単なる有望案件です。マージンが乗らないぶん直販のほうが安く出せるため、悪気なく見積もりを出し、受注してしまう。代理店からすれば、育てた商談を仕入元に奪われたことになります。この経験をした代理店は、次から有望な案件情報をメーカーに上げなくなります。
二つ目は、代理店同士の価格の叩き合いです。同じエンドユーザーに複数の代理店が同じ製品を提案し、差別化の手段が値引きしかなくなる。結果として、誰が受注してもメーカーのブランド価格は毀損され、代理店の利益も削られます。どちらのパターンも、個々のプレーヤーは自分の合理性で動いているだけです。だからこそ、精神論ではなくルールで解決する必要があります。
案件登録制度(deal registration)という仕組み
案件登録制度とは、代理店が「この会社のこの案件は自分が動かしている」とメーカーに事前登録し、メーカーが承認すれば一定期間その案件の優先権(保護)を与える仕組みです。承認された案件には直販も他の代理店も横から入らない。代わりに代理店は、案件情報を早い段階でメーカーと共有する。つまり「情報の透明性」と「商談の保護」を交換する制度です。
海外のチャネルセールスでは、これは特別な施策ではなく運用の標準装備です。HubSpotが公開しているチャネルセールスのガイド(2025年5月更新)では、パートナープログラムの立ち上げをパートナー向けコンテンツの整備、定期的なコミュニケーション、インセンティブ設計などを含む7つのステップで整理したうえで、プログラムの健全性を測る指標として「パートナーが登録した案件の総数」と「パートナー提出案件のうち承認された割合」を挙げています(参照:HubSpot公式ブログ「Channel Sales」(2025))。案件登録は単なる紛争防止策ではなく、パートナーの活動量と質を測るKPIの土台でもある、ということです。
案件登録だけでは足りない、Rules of Engagementという考え方
ただし、案件登録のフォームを作れば衝突がなくなるわけではありません。営業組織コンサルティングのAlexander Groupは、チャネルコンフリクトの緩和策を4つの柱で整理しています(参照:Alexander Group「Channel Conflict Mitigation」)。
- 役割と責任の明確化:直販と代理店それぞれが、どの顧客セグメント、どの地域、営業プロセスのどの部分を担うのかを事前に定義する
- コミュニケーションと教育:明確なエンゲージメントモデルを置き、定期的な連絡と教育で混乱を防ぐ
- 協業を促すインセンティブ:報酬制度を「競争」ではなく「協業」に向けて設計する
- 紛争解決プロセス:それでも衝突が起きたときに、誰がどう裁定するかの手順をあらかじめ決めておく
案件登録制度は、この4本柱の上に乗る実行装置だと考えると整理しやすくなります。そもそも直販と代理店の縄張りが定義されていなければ、登録を承認する基準も作れません。逆に4本柱が揃っていれば、案件登録は「揉めたときの裁判」ではなく「日常の交通整理」として機能します。
日本の実務に落とす案件登録フローのテンプレート
ここからは、私たちがCRM構築支援の現場で使っている設計の枠組みを、日本の商習慣に合わせて一般化して示します。決めるべきことは「誰が、いつ、何を登録し、誰が何日以内に承認するか」の4点です。
- 誰が:登録するのは代理店の営業担当者。メーカー側の窓口はパートナー担当(チャネル担当)に一本化し、直販部門には承認権限を持たせない
- いつ:エンドユーザーとの初回商談後、提案書を出す前まで。提案後の登録は保護対象外とする(早い登録を促すため)
- 何を:エンドユーザーの会社名、対象製品、想定金額、想定受注時期、案件の経緯(誰がどう起こした商談か)。この5項目に絞り、入力負荷を上げない
- 承認:メーカーは3営業日以内に承認または差し戻しを回答。承認基準は「先着」と「実際に商談を動かしているか」の2点。承認された案件の保護期間は90日とし、更新は活動報告とセットで認める
重要なのは、この運用をメールやExcelで回さないことです。登録がメールで届き、担当者の受信箱で止まり、承認まで2週間かかるようでは、代理店は二度と登録しません。CRM上に代理店案件用のパイプラインを設け、登録をフォームで受け、既存案件との重複(同じエンドユーザー、同じ製品)を突合してから承認する。承認期限が近づいたら担当者に自動で通知する。この程度の仕組みは、主要なCRMであれば標準機能の範囲で実装できます。なお、代理店の数が増えて案件登録やパートナー向けの情報共有をCRMの外側で本格的に運用したくなった段階では、PRM(パートナー関係管理)という選択肢も視野に入ります。詳しくはPRMとは何か、CRMとの違いを整理した解説記事をご覧ください。
パートナー経由ビジネスの重み、数字の読み方
最後に、そもそもこの投資に値するのかという視点です。Forresterの調査に回答したチャネルリーダーの67%は、間接(パートナー経由)収益が今後30%を超えて成長すると見込んでいます(参照:Forrester「The State of Partner Ecosystems 2025」(2025))。パートナー経由の売上は、多くの企業で「これから伸ばす柱」と位置付けられているわけです。
一方で、よく引用される「IT支出の70%はパートナー経由」という数字には注意が必要です。Canalysの調査を報じたInfotechLeadによると、この70%は「partner-delivered」、つまり物流や請求も含め、パートナーが提供チャネルとして関与するIT支出の割合を指しています(参照:InfotechLead「Canalys Forum: Partner-delivered IT to dominate 70% of IT spending」)。これに対してChannelnomicsは、パートナーが商談の起点となった「partner-originated」の割合で見ると、2025 Channel Chief Outlook調査でベンダーが報告した平均は56%であり、5%に満たないベンダーもあると指摘しています(参照:Channelnomics「Coming to Terms With the 70% Channel Myth」(2025))。
つまり、同じ「パートナー経由」でも、提供に関与した割合を見るか、商談を生み出した割合を見るかで数字は大きく変わります。これは自社のチャネル戦略を語るときも同じです。「代理店経由売上◯%」という一つの数字で議論せず、代理店が起点となった商談と、単に伝票が通っただけの売上を分けて測る。その計測を可能にするのが、まさに案件登録制度です。登録データが蓄積されれば、どの代理店が商談を生み出しているのかが初めて見えるようになります。
まとめ
- チャネルコンフリクトの多くは悪意ではなくルールの不在から生まれます。直販の横取りと代理店同士の価格競争が典型です。
- 案件登録制度は「情報の透明性」と「商談の保護」を交換する仕組みで、海外のチャネルセールスでは標準装備です。登録数と承認率はパートナーの活動を測るKPIにもなります。
- 制度単体では機能しません。役割の定義、定期的なコミュニケーション、協業インセンティブ、紛争解決プロセスの4本柱の上に載せます。
- 実務では「誰が、いつ、何を登録し、何日以内に承認するか」を決め、メールではなくCRM上のフローとして実装します。
- パートナー経由の売上は、提供関与(partner-delivered)で見るか商談起点(partner-originated)で見るかで数字が変わります。案件登録は、自社でこの区別を測るための基盤にもなります。
直販と代理店の役割設計や、案件登録フローのCRM実装について相談したい方は、無料相談からお気軽にお声がけください。

