広告のクリック単価が上がり続けるなか、「メールマーケティングはもう古い」という声を耳にすることがあります。ところが実務の現場では、メールは依然として最も効率のよいチャネルの一つと位置づけられています。英国の業界団体DMAが2026年に5年ぶりに公表したメールの実態調査でも、メールは到達性・信頼性・効果の測りやすさを評価され、中核チャネルであり続け、投資への信頼も続いていると報告されています。ところが同時に、メール分析ツールLitmusの2025年調査では、マーケターの5人に1人が「メールのROIを測定・証明できない」と答えています。効率がよいはずのチャネルなのに、その効果を社内に説明できない。本稿ではこの矛盾を入り口に、差がどこで生まれるのか、そして保有リストへの再投資をどう組み立てるかを整理します。
メールは5年たっても中核チャネルであり続けている
まず、メールというチャネルの現在地です。英国のマーケティング業界団体DMA(Data & Marketing Association)が2026年に公表した「Marketer Email Tracker 2026」(各業種のマーケター250名対象、2021年以来5年ぶりの調査)は、メールが到達性・信頼性・効果の測りやすさを評価され、ブランドと顧客をつなぐ中核であり続けていると報告しています。セグメンテーション、ライフサイクルの追跡、顧客生涯価値(LTV)の計測といった基礎は業界に定着し、メール投資への信頼も続いているとされています。(参照:DMA「Marketer Email Tracker 2026」(2026))
ただしこの調査が同時に指摘するのは、こうした能力が「どれだけ一貫して成果に翻訳できているか」に課題が残るという点です。土台はあるのに、成果への結びつき方にはばらつきがある。広告のように出稿を止めれば成果もゼロになるチャネルと違い、自社で保有するリストに配信するメールは限界費用が小さく、効率が高く出やすい構造を持っています。だからこそ、その効率を自社の数字で説明できるかどうかで差がつきます。次に見るベンダー調査の数字は、その「ばらつき」を具体的な割合で示します。
それでも5人に1人はROIを証明できない
次に、その高効率チャネルを各社が使いこなせているかです。メール制作・分析ツールのLitmus(データ品質ベンダーValidityの傘下)が2025年6月に公表した「State of Email 2025」では、マーケターの22%、つまりおよそ5人に1人が「メールのROIの測定や証明に苦戦している」と回答しました。ベンダー調査である点は割り引く必要がありますが、効率がよいとされるチャネルの効果を、2割の会社は社内に説明できていないことになります。(参照:Validity「State of Email 2025 Report」(2025))
同じ2025年版の調査は、パーソナライズ(受信者に合わせた出し分け)の障壁として、コンテンツ制作が17%、データの収集・分析が16%、効果測定が15%と、いずれも「作る・測る」の実務リソース不足を挙げています。一方で成果側を見ると、高いROI(36:1から50:1)を達成している企業はマーケティングチームの25〜50%をメール業務に充てており、マーケティング予算の15%超をメールに配分する企業は、開封率40%以上を達成する可能性が2倍という相関も示されています。
つまりこの調査が描くのは、「片手間で配信している層」と「体制と予算を割いて運用している層」の二極化です。メールはツールを入れれば自動で成果が出るチャネルではなく、リソースを投じた分だけ返ってくるチャネルだと読むのが正確でしょう。
2026年版が示すAI統合と成果の関係
Litmusは2026年4月14日に最新の「State of Email 2026」を公表しました(米国・英国・オーストラリア・ニュージーランドのマーケティング担当者500名超を対象)。前年版と地続きの調査ですが、年次が異なるため数字は分けて読みます。焦点はAIです。
2026年版によれば、AIをワークフローや意思決定に深く組み込んだ「アドバンスト採用層」は、メール施策でROI 45:1超を達成する可能性がそうでない層より75%高いと報告されています。一方、自社のAI成熟度を「統合済み」と評価した組織はわずか12%でした。AIをメール業務に試しに使う段階の組織が大半で、成果に結びつく水準まで組み込めている組織は1割強にとどまる、ということです。(参照:Validity「New Validity Research Reveals How AI Integration is Reshaping Email Marketing Performance」(2026))
AI活用を広げるうえでの障壁も具体的です。既存システムとの統合が34%、チームのスキル不足が27%、データ品質の低さが25%、そしてROIの証明や成果測定の難しさが23%。AIそのものの性能ではなく、土台側の問題が上位を占めています。
もう一つ、実務上の示唆が大きいのが配信内容の優先順位です。ROI 45:1以上を達成した上位8%の組織は、販促メールの乱発ではなく、ニュースレターとオンボーディング(導入初期の案内)メールを優先していました。成果を出している層ほど、売り込みより関係構築に配信を寄せているという結果です。(参照:Litmus「State of Email 2026」(2026))
測れない原因はメールの外にある
ここからはRespectifyの実務視点です。「ROIを証明できない22%」や「成果測定の難しさ23%」という数字を、私たちはメールツールの問題ではなく、メールの外側、つまりCRM(顧客管理システム)や商談データとの接続不在の症状として見ています。
メール配信ツール単体で見えるのは、開封率とクリック率までです。しかしROIの分母は配信コストと人件費、分子は売上であり、売上はメールの管理画面の中にはありません。「このメールを開いた人のうち、何人が商談になり、いくら受注したか」を答えるには、配信ログと商談データが同じ基盤の上でつながっている必要があります。逆に言えば、22%の会社に欠けているのは分析スキルではなく、この接続です。
従業員50〜200名規模のBtoB企業であれば、最初に固める指標は次の3段で十分です。
- 配信指標: 到達率・開封率・クリック率(ツール標準で取得)
- 行動指標: クリック後の資料請求・問い合わせなどのコンバージョン数
- 事業指標: メール経由リードの商談化数・受注金額
3段目まで自動で集計できて初めて、「メールは費用対効果が高い」を自社の数字で言える状態になります。なお、接続したあとに数字を狂わせるのはCRM側のデータの汚れです。この論点は別稿「AIの前にCRMの汚れを片付ける」で扱っているので、リストの重複や表記揺れに心当たりがある場合はあわせてご覧ください。CRMとメールを同一基盤に載せ、配信ログと商談データをつなぐ設計は、RespectifyではCRMと商談データをつなぐ営業最適化の支援の中心的なテーマの一つです。
保有リストへの再投資を稟議に乗せる
もう一つの実務視点は、予算配分です。広告単価の上昇で新規リード1件あたりの獲得コストが年々重くなるなか、すでに手元にある数百〜数千件のリストは、追加の獲得コストゼロで接点を持てる資産です。広告のように出稿を止めれば接点も消えるチャネルと違い、保有リストは限界費用が小さい。前述のLitmus 2026年版で「ROI 45:1以上を達成した上位8%がニュースレターとオンボーディングを優先していた」という結果は、「展示会や過去の問い合わせで集めたリストを眠らせず、関係構築型の配信に再投資する」という起案の根拠になります。
その際、最初から精緻なパーソナライズを目指す必要はありません。2025年版調査が示したとおり、コンテンツ制作・データ分析・効果測定のいずれも障壁になるのは1〜2名体制では当然です。現実的な始め方は、セグメントを3つに絞ることです。
1. 商談中・既存顧客: 活用情報やニュースレターで関係を維持する 2. 過去に問い合わせや名刺交換があった休眠リード: 事例やお役立ち情報で再接点を作る 3. 資料請求などの新規リード: オンボーディング型のステップ配信で検討を前に進める
この3分割なら、配信内容の作り分けは月数本で収まり、効果測定もセグメント単位で比較できます。何をどの順で配信するかの設計や、広告とメールの予算配分の見直しは、メール施策を含むリード育成の支援でご相談いただくことが多い領域です。
まとめ
- 英国DMAが2026年に5年ぶりに公表したメール実態調査(250名対象)では、メールは到達性・信頼性・効果の測りやすさで中核チャネルであり続け、投資への信頼も継続。ただし、その能力を一貫して成果に翻訳できるかには課題が残るとされています。
- Litmus(Validity傘下)の2025年調査では、22%がROIの測定・証明に苦戦。高ROI層はチームの25〜50%をメールに充てるなど、体制を割いた層とそうでない層の二極化が見えます。
- 2026年調査では、AIを深く統合した層はROI 45:1超を達成する可能性が75%高い一方、統合済みと言える組織は12%。障壁の上位はシステム統合34%・スキル27%・データ品質25%・成果測定23%と、土台側の問題でした。
- ROIを測れない原因はメールツールではなく、配信ログと商談データの接続不在にあります。配信指標・行動指標・事業指標の3段を同じ基盤でつなぐことが先決です。
- 再投資はセグメント3つ(既存・休眠・新規)の関係構築型配信から。上位8%がニュースレターとオンボーディングを優先しているという調査結果が、起案の根拠になります。
メールは「古いチャネル」ではなく、「測れていないだけのチャネル」であるケースがほとんどです。自社のメールが商談までつながっているか確認したい場合は、無料相談からお気軽にご相談ください。