ツールを足すたびにダッシュボードのタイルが増え、月次報告のグラフも増えていきます。リード件数、サイト流入、開封率、フォロワー数。どれもきれいに右肩上がりで並んでいる。それでも経営会議や親会社への報告でROI(投資対効果)の話になると、説明が急に頼りなくなります。「そのグラフは、結局いくらの取引と受注につながったのか」と問われた瞬間に、手元の数字では答えられない。この感覚に心当たりがあるなら、それは個人の説明力の問題ではなく、ダッシュボードに並べている指標そのものが経営の問いにかみ合っていないことのサインです。本稿では、海外調査が示す「計測しているのに信頼できない」というねじれを入り口に、HubSpot上で件数ではなく金額で語れるダッシュボードをどう組むか、その実務を整理します。
計測はしている、それでも意思決定には使えていない
まず確認したいのは、これが世界共通の構造だという事実です。調査会社Forresterは2024年、B2Bマーケティングのリーダーの64%が「自社の計測を意思決定に信頼していない」と回答したと報告しています。さらに61%が「自社の計測・分析が組織の目標と整合していない」と答えています。レポートを出していないわけではありません。出しているのに、その数字を経営判断の根拠として自分でも信じきれていない、という状態です。(参照:Forrester「B2B Marketing Leaders Don't Trust Their Measurement」(2024))
興味深いのは、別の調査が逆方向の熱量を示している点です。マーケティングエージェンシーのMXグループが2024年に公表したベンチマーク調査では、73%が計測・アトリビューション(成果への貢献度の割り当て)の重視を強めていると回答し、これは前年から14ポイントの増加でした。86%が「今後さらに優先度が上がる領域」と位置づけています。つまり各社は計測に力を入れている。にもかかわらずForresterの調査では6割超が自社の計測を信頼していない。やっているのに信じられない、というねじれがここにあります。(参照:MXグループ「2024 B2B Marketing Measurement and Attribution Benchmark」(2024))
ねじれの正体は、力の入れどころにあります。Forresterは、2024年初時点でCMO(最高マーケティング責任者)のダッシュボードの59%が「ソーシング指標」、すなわち新規にパイプラインや売上を生み出した分を追っていると指摘しています。一方で、B2Bの売上の73%は既存顧客からの更新・クロスセル・アップセルが占めます。ダッシュボードは新規創出に偏っているのに、実際の売上の大半は既存顧客から来ている。経営が見たい全体像と、報告に並ぶ指標がずれているわけです。このずれがある限り、グラフをいくら増やしても「自社の数字を信頼できない」感覚は消えません。
件数を並べたダッシュボードが経営会議で響かない理由
ダッシュボードのタイルを増やせば説明力が上がる、というのは直感的にはもっともらしく聞こえます。しかし実際には逆です。表示回数、クリック率、リード件数、流入数といった指標は、ツールを足すほど自動的に増えていきます。取得が容易で、グラフにすると見栄えもよい。だからこそ報告の主役に据えられやすい。けれども、どれも「いくらの取引と受注につながったか」という経営の問いには直接答えていません。
この罠が最も表面化しやすいのが、日本のグループ会社の月次報告です。私たちが現場で繰り返し見るのは、「グラフの本数は去年より増えたのに、親会社に予実で語れない」という状態です。リード件数も流入数も前月比でプラス、ダッシュボードの見栄えは良くなっている。それでも親会社の財務側から「で、その活動はいくらのパイプラインを積み上げて、予算に対してどうなのか」と問われると、答えるための数字が一枚も載っていない。活動の量を記録したタイルばかりで、投資が成果に変わったかを示すタイルがないからです。
Forresterの59%対73%という対比は、この日本の現場感覚と地続きです。新規ソーシング指標を中心に組まれたダッシュボードは、需要創出の活動量は語れても、事業の売上構造とはかみ合いません。重要なのは、件数指標が無価値だという話ではないことです。クリック率やリード件数は、施策を改善するためには欠かせません。問題は、それを経営報告の主役に据えてしまうことにあります。施策改善のための指標と、経営に成果を説明するための指標は、役割が違う。両者を一つのダッシュボードに混在させると、肝心の説明が活動報告のなかに埋もれてしまいます。
経営説明は財務の言葉で組み立てる
ではダッシュボードの主役を何に入れ替えるか。原則はシンプルで、経営層が見るタイルは件数ではなく金額と率で組みます。具体的には、パイプライン金額、商談化率、受注金額、そして既存と新規の内訳です。トップが意思決定に使うのは「リードが何件来たか」ではなく「いくらの取引が積み上がり、いくら受注に変わり、そのうち既存と新規がどういう比率か」だからです。Forresterが指摘した、ダッシュボードの59%が新規創出に偏る一方で売上の73%は既存から来るというずれは、まさにこの既存・新規の内訳を一枚に載せることで初めて見えるようになります。
HubSpotを使っている場合、流入から取引、受注金額までを一本の線で見る手段がアトリビューションレポートです。ただしここはプラン依存を正確に押さえる必要があります。HubSpotの公式ドキュメントによると、コンタクト作成のアトリビューション(どの接点が見込み客の獲得に貢献したか)はMarketing Hub のProfessional以上で使えますが、取引作成のアトリビューション(どの接点が商談化に貢献したか)とレベニュー(売上)アトリビューションはEnterprise限定です。つまり「HubSpotを入れれば誰でも売上ベースのROIが自動で出る」わけではありません。取引・売上単位でアトリビューションを回したい場合はEnterpriseが前提になります。(参照:HubSpot「Create attribution reports」)
ではProfessional帯の会社はどうするか。現実解は、標準のアトリビューション機能に頼らず、コンタクトと取引を組み合わせたカスタムレポートで近似することです。流入元のプロパティを持つコンタクトと、そこから作られた取引の金額・ステージを掛け合わせれば、「この流入経路から何件の取引が生まれ、合計いくらのパイプラインになり、いくら受注したか」は十分に集計できます。厳密な多接点の貢献按分はEnterpriseのアトリビューションに譲るとしても、経営に金額で語るための一枚目は、Professional帯のカスタムレポートでも作れます。完璧なアトリビューションを待つより、流入から受注金額までを近似でつなげたタイルを今月の報告に載せるほうが、よほど経営に効きます。なお、ここで挙げたプラン区分はHubSpot公式ドキュメント時点の仕様であり、契約プランや改定によって変わるため、実装前にご自身の契約内容で確認してください。
アトリビューションモデルは経営の問いから逆算する
取引・売上アトリビューションを使える環境であっても、次に必ず突き当たるのが「どのモデルを採るか」という論点です。ここに唯一の正解はありません。HubSpot公式は複数のアトリビューションモデルを定義していて、たとえば各接点に均等に配分するリニア(線形)、最初の接点に全振りするファーストタッチ、最後の接点に全振りするラストタッチ、初回接触に40%とリード化の接点に40%、残り20%を中間に配るU字(ポジションベース)、初回接触・コンタクト生成・取引生成の3点に各30%、残り10%を配るW字、各主要接点に22.5%ずつ配るフルパスなどがあります。時間が経つほど直近の接点を重く見るタイムディケイ(7日で半減)のような考え方もあります。(参照:HubSpot「Understand attribution reporting」)
どのモデルを採るかは技術論ではなく、運用設計の論点です。選び方の軸は「経営が何を知りたいか」から逆算することにあります。たとえば、まだ自社を知らない層をどれだけ動かせているか、つまり需要創出の入口を評価したいなら、初回接触を重く見るU字が向きます。一方で、接点が商談化のどこで効いたかを見たい、リード獲得から取引生成までの流れを評価したいなら、取引生成までの主要3点を均等に見るW字が合います。モデルを先に決めてから数字を眺めるのではなく、経営の問いを先に言語化し、それに答えるモデルを選ぶ。この順序を守るだけで、アトリビューションが「数字遊び」ではなく意思決定の道具になります。同じデータでもモデルを変えれば各チャネルの貢献度は変わるので、複数モデルを並べて読み、解釈を経営と合意しておくことも有効です。
なお、マーケティング側の貢献を語るうえで、件数ではなく金額で報告の先頭を組み替える発想そのものは、本稿と別の角度でマーケティングのROIをどう経営に説明するかでも扱っています。本稿はその実装、つまりHubSpot上でどうレポートを組むかに軸足を置いています。
ダッシュボードを説明責任の道具に変える
最後に、ダッシュボードを「見栄えの良い掲示物」から「説明責任の道具」に変えるための実務を4点に整理します。機能の話ではなく運用の話です。
- 指標の定義を先に合意する: 「取引」「受注」「商談化率」が部署ごとに別の意味で使われていると、どんなレポートも信頼されません。何をもって取引とみなすか、どのステージから受注と数えるかを、マーケ・営業・経営の三者で先に文章にしておきます。Forresterの61%が「計測が組織目標と整合していない」と答えた根の一つは、この定義の不一致です。
- データを整える: アトリビューションもカスタムレポートも、入力されているデータが汚れていれば出力は信用できません。流入元が空欄のコンタクト、金額が入っていない取引、重複レコードが残っていると、金額ベースの集計は途端に当てになりません。レポート設計の前に、取引に流入元と金額が確実に記録される運用を固めるのが先です。
- 更新頻度と鮮度を決める: 経営に出すタイルは、いつ時点の数字かが揃っていないと比較できません。月次の何営業日目に締めるか、どのタイルをリアルタイム参照にするかを決めておきます。
- レビューでの読み方を決める: ダッシュボードは作って終わりではなく、毎月どの順で何を読むかまで設計して初めて機能します。先頭にパイプライン金額と既存・新規の内訳、次に商談化率、活動指標は補足、という読む順序を固定しておくと、報告が活動報告に逆戻りしません。
この4点を固める動機づけは、経営側の温度が上がっていることにもあります。デューク大学フクア経営大学院などが実施するThe CMO Surveyの第34回調査(2025年)によると、マーケティングへの説明圧力は明確に高まっています。CFO(最高財務責任者)からの圧力が増したという回答は52%から63%へ、CEOからは51%から61%へ、取締役会からは33%から50%へと上昇しました。説明を求めてくる相手が、現場の上長から財務・経営・取締役会へと上がっている。件数のグラフでは通用しない相手が増えているということです。(参照:The CMO Survey「34th Edition」(2025))
この、流入から取引・受注金額までを同じCRM上でつなぎ、経営に金額で語れるレポートを組む実装は、RespectifyではHubSpotを使った取引データ連携の支援で最初に着手する領域です。プラン選定からアトリビューションモデルの設計、ダッシュボードのレビュー運用までを、自社の報告体制に合わせて組み立てます。
まとめ
- Forresterは2024年、B2Bマーケティングのリーダーの64%が自社の計測を意思決定に信頼しておらず、61%が計測と組織目標が整合していないと報告しています。MXグループの2024年調査では73%が計測の重視を強めており、力は入れているのに信頼できないというねじれが生じています。
- ねじれの核心は、CMOダッシュボードの59%が新規ソーシング指標に偏る一方、B2B売上の73%は既存顧客から来るというずれです。件数を並べたダッシュボードは活動量は語れても、事業の売上構造とはかみ合いません。
- 経営説明はパイプライン金額・商談化率・受注金額・既存/新規内訳という財務の言葉で組みます。HubSpotではアトリビューションで流入から受注金額までを一本化できますが、取引・レベニューアトリビューションはEnterprise限定です(公式ドキュメント時点・契約により要確認)。Professional帯はコンタクトと取引のカスタムレポートで近似するのが現実解です。
- アトリビューションモデルに唯一の正解はありません。需要創出を見たいならU字、商談化の流れを見たいならW字というように、経営の問いから逆算してモデルを選びます。
- ダッシュボードを説明責任の道具にするには、指標定義の合意、データ整備、更新頻度、レビューでの読み方の4点を固めること。CFOからの説明圧力が52%から63%へ高まる(The CMO Survey 2025)なか、件数では通用しない相手が増えています。
ダッシュボードのタイル数ではなく、その一枚目を金額で語れるかどうかで、マーケティングの予算と裁量は決まります。自社のHubSpotが流入から受注金額までつながって見えるか確認したい場合は、無料相談からお気軽にご相談ください。