顧客からの問い合わせ対応に、チャットボットや自動応答といったAIを入れる動きが広がっています。狙いは多くの場合、対応の効率化とコスト削減です。ところが、受け取る顧客の側は「速く処理してくれること」だけを求めているわけではありません。コミュニケーション基盤を手がけるZendeskが22か国で実施した「CX Trends 2025」調査は、この食い違いを数字で示しています。消費者の64%が、親しみやすさや共感といった人間らしい特性を備えたAIのほうをより信頼すると回答しました。効率だけを追ったAIは、かえって顧客を遠ざけかねない。本稿では、顧客対応AIを「人間中心」に設計するとはどういうことか、そして導入を進めるうえで見落とされがちなシャドーAI(会社が把握しない外部AIツールの利用)のリスクまでを整理します。
効率だけのAIは信頼されない。消費者の64%が示した条件
まず調査の素性を確認します。この「CX Trends 2025」は、Zendeskが2024年6月から7月にかけて実施したもので、22か国の消費者約5,100人と、カスタマーサービスの責任者約5,400人を対象としています。Zendeskは顧客対応ツールを提供する事業者であり、「AIを活用した顧客対応に投資すべきだ」という結論と利害が一致する点は割り引いて読む必要があります。それでも、回答者の規模と対象国の広さは、傾向をつかむ材料として十分です。
この調査の中心的な発見が、消費者の64%が親しみやすさや共感といった特性を備えたAIエージェントをより信頼すると答えた点です。裏を返せば、用件を機械的に処理するだけの冷たいAIは、信頼の面で不利になりやすいということです。顧客対応AIの導入というと「人手を減らせるか」「処理を速くできるか」に話が向かいがちですが、調査が示すのは、効率と並んで「どう感じられるか」が成果を左右するという現実です。(参照:Zendesk「CX Trends 2025」(2024))
この傾向は、Zendesk自身の発信だけでなく独立した業界メディアでも取り上げられています。マーケティング技術を扱うMarTech Seriesは、同レポートを「Human-Centric AI Drives Loyalty(人間中心のAIがロイヤルティを高める)」と題して報じ、消費者が効率を超えて「本当に人間らしいと感じられるAI」を求めていると整理しています。ベンダー単独の主張ではなく、第三者の報道でも同じ論点が確認できる点は、稟議や社内説明で引用するうえで意味があります。(参照:MarTech Series「Zendesk 2025 CX Trends Report: Human-Centric AI Drives Loyalty」(2024))
「人間らしさ」とは性格づけではなく、文脈を踏まえた応答
ここで注意したいのは、「人間らしいAI」を「フレンドリーな口調にすればよい」と狭く受け取らないことです。語尾を柔らかくしたり、絵文字を足したりするだけでは、顧客が求める信頼にはつながりません。調査が示す共感とは、表面的な言葉づかいではなく、相手の状況を踏まえて適切に応じる能力に近いものです。
具体的には、次のような要素が「人間らしさ」を構成します。
- 文脈の引き継ぎ: これまでのやり取りや購入履歴、問い合わせの経緯を踏まえて応答する。毎回ゼロから同じ質問を繰り返さない
- 適切な引き継ぎ: AIで解決できない複雑な要望や感情的な場面を見極め、人の担当者に滑らかにつなぐ
- 正確さ: 共感的な口調でも、回答内容が間違っていれば信頼は損なわれる。事実として正しいことが土台になる
逆に言えば、これらが欠けたまま口調だけを取り繕ったAIは、顧客に見抜かれます。冷たく感じられるAIの多くは、性格づけの問題ではなく、顧客の文脈を持たないまま画一的に応答していることが原因です。人間らしさの設計とは、データのつなぎ込みと応答ロジックの設計の問題でもあるのです。
日本市場では「人間中心」のハードルがさらに上がる
この調査は22か国を対象とした海外中心のデータであり、日本のBtoB現場にそのまま当てはめるのは慎重であるべきです。ただし、日本市場については「割り引く」というより「より厳しく見積もる」のが妥当だと考えています。
理由は、日本の顧客対応に根づく品質期待の高さです。問い合わせ対応における丁寧さやきめ細かさは、日本のBtoB取引において競合との差別化要因であり続けてきました。取引先との関係が長期にわたり、担当者同士の信頼が受発注を支える商習慣の中では、雑なAI応対は「効率化」ではなく「手抜き」と受け取られかねません。海外で64%が人間らしいAIを求めるなら、品質期待の高い日本では、その条件はさらに満たしにくいと見ておくべきです。
一方で、これは裏を返せば好機でもあります。多くの企業がコスト削減目的で安直なチャットボットを置いている中で、文脈を踏まえた応対と適切な人への引き継ぎを設計できれば、顧客対応の質そのものが競争優位になります。AIをコスト削減の道具とだけ捉えるか、顧客との関係を強める投資と捉えるかで、到達点は大きく変わります。
導入の前提条件。顧客データの統合と人への引き継ぎ設計
では、人間中心の顧客対応AIを実際に機能させるには何が必要か。両ペルソナに共通する前提として、次の2点を押さえる必要があります。
第一に、顧客データの統合です。文脈を踏まえた応答は、過去のやり取り、購入・契約情報、問い合わせ履歴がAIから参照できて初めて可能になります。これらが部署ごと・ツールごとにばらばらに散っていると、AIは目の前の一通のメッセージしか見られず、結果として「毎回ゼロから聞き直す冷たいAI」になります。CRM(顧客管理システム)を中心に顧客情報を一元化しておくことが、人間らしい応対の土台です。
第二に、人への引き継ぎ設計です。AIを入れる目的は人を完全に置き換えることではなく、定型的な問い合わせをAIが引き受け、人は判断や共感が要る対応に集中する分業をつくることです。どの問い合わせをAIに任せ、どの条件で人につなぐのか。この線引きを設計しないままAIを置くと、解決できない要望をAIが抱え込み、顧客の不満を増幅させます。
この2点は、いきなり全社で完璧に整える必要はありません。よくある問い合わせの上位から対象を絞り、AIが扱う範囲と人への引き継ぎ条件を決め、顧客データのうち応答に効くものから統合していく。小さく始めて検証しながら広げる進め方が現実的です。どの業務からAIを組み込み、どの順番でデータを整えるかの見立ては現場で使えるAI活用支援で扱っていますので、必要に応じて参照してください。
見落とされがちなリスク。シャドーAIという別の問題
顧客対応AIを正面から設計する話とは別に、同じZendeskの調査が警告しているリスクがあります。シャドーAI、つまり会社が承認していない外部のAIツールが、担当者の手元で使われている問題です。同調査によれば、エージェント(顧客対応担当者)の利用が承認されていない外部AIツールの使用は、一部の業種で前年比最大250%増加したとされています。「一部業種で最大250%増」という限定された述語であり、すべての業種で一律に増えたわけではありませんが、急増している領域があること自体は無視できません。(参照:Zendesk「CX Trends 2025 プレスリリース」(2024))
なぜこれが問題か。顧客対応の現場では、担当者が回答を速く作るために、個人契約のAIツールに顧客とのやり取りを貼り付けて要約や文案を生成する、といった使い方が起こり得ます。会社が把握しないまま顧客情報が外部のAIに入力されれば、プライバシーとセキュリティのリスクが管理の外で発生します。
このテーマは、組織全体のAI利用統制という、より広い論点につながります。AI利用を隠す社員の規模や、禁止ではなく制度化するという考え方については、別の調査(KPMGとメルボルン大学の47か国調査)を扱った関連記事で詳しく整理していますので、あわせて参照してください。本稿の文脈で押さえておきたいのは、顧客対応AIを「正規のツールとして、顧客データと連携した形で」用意しておくこと自体が、現場が無許可ツールに手を伸ばす必然性を下げる、という点です。許可された安全な道具が業務に組み込まれていれば、わざわざ管理外のツールを使う理由が薄れます。人間中心のAI設計と、シャドーAIの抑止は、別々の対策ではなく地続きの取り組みです。
まとめ
- Zendeskの22か国調査(消費者約5,100人・CS責任者約5,400人、2024年6〜7月実施)では、消費者の64%が親しみや共感を備えた人間らしいAIをより信頼すると回答しました。効率だけを追ったAIは、かえって信頼を損ないます。
- 人間らしさとは口調の問題ではなく、文脈を踏まえた応答・適切な人への引き継ぎ・正確さの設計です。データのつなぎ込みと応答ロジックの問題として捉えるべきです。
- 品質期待の高い日本のBtoB市場では、人間中心の条件はより厳しく見積もるのが妥当です。一方で、丁寧な応対を設計できれば顧客対応の質が競争優位になります。
- 機能させる前提は、顧客データの統合(文脈ある応答の土台)と人への引き継ぎ設計(AIと人の分業)の2点。小さく始めて検証しながら広げるのが現実的です。
- 同調査は、一部業種で前年比最大250%増という承認外の外部AIツール(シャドーAI)の急増も警告しています。正規のAIを顧客データと連携した形で用意すること自体が、現場が管理外ツールに頼る必然性を下げます。
顧客対応のどこからAIを入れ、どうデータを整え、人への引き継ぎをどう設計するかに迷う場合は、無料相談で現状の対応フローを伺いながら一緒に整理します。