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ツールを増やすほどデータが見えなくなる。平均897アプリ時代の連携負債。

作成者: 杉江 昂|Jun 19, 2026 2:52:45 PM

ツールは増えたのに、月次の数字を出すたびに複数の画面を行き来してExcelに貼り直している。新しいSaaSを契約するたび、どこかで二重入力が発生している気がする。心当たりのある方は少なくないはずです。一つひとつのツールは便利なのに、全体としては「データがどこにあるのか分からない」状態に近づいていく。この感覚には背景となる数字があります。ある調査では、大企業が業務で使うアプリは平均897個にのぼり、それらがうまくつながっていないことによる損失は年平均680万ドル(1ドル150円換算で約10億円目安)と見積もられています。本稿では、この「ツールを足すほどデータが見えなくなる」という現象を連携負債という切り口で整理し、全部をつなごうとせずに立て直す順番を考えます。

目次

  1. 平均897アプリという数字の出どころ
  2. 連携負債とは何か
  3. 日本のBtoB企業で連携負債が膨らみやすい理由
  4. 全部つなごうとしないことが立て直しの起点
  5. まとめ

平均897アプリという数字の出どころ

まず数字の出どころと、その読み方を確認しておきます。

この数字は、SalesforceグループのMuleSoftが毎年公表している「Connectivity Benchmark Report(コネクティビティ・ベンチマーク)」の2025年版によるものです。調査会社Vanson BourneとDeloitte Digitalが世界のITリーダー1,050名を対象に実施したもので、回答企業が使用するアプリケーションは平均897個、そして統合(システム同士をつなぐこと)の課題に起因する損失は年平均680万ドルと報告されています。(参照:MuleSoft「Connectivity Benchmark Report」Salesforce「Connectivity Benchmark Report 2025」

ここで一つ、読み手として押さえておきたい前提があります。MuleSoftはシステム連携(インテグレーション)を提供する事業者であり、その親会社であるSalesforceもCRMを中心としたデータ統合を売る側です。「アプリが多すぎてつながっていない」という課題を強調するほど、自社の連携製品の必要性が高まるという関係にあります。つまりこの数字は、立場上やや課題が大きく見えるように語られている可能性を割り引いて受け止めるのが妥当です。とはいえ、独立系のメディアでも同レポートの数値は繰り返し取り上げられており(参照:SalesforceDevops.net「MuleSoft Connectivity Benchmark Report 2025」(2025))、「アプリの大半がうまくつながっていない」という大きな傾向そのものは、多くの現場の実感とも一致します。

なお897という数字は、世界の大企業を含む平均値です。従業員数十名から200名規模の日本のBtoB企業であれば、使っているSaaSはせいぜい数十個でしょう。それでも、ここで本当に問題なのは個数の多さではなく、それらが互いにつながっていないことのほうです。10個でもつながっていなければデータは分断しますし、後述するように、日本企業ではこの分断がむしろ起きやすい事情があります。

連携負債とは何か

ここで本稿の主役である連携負債という考え方を整理します。これは技術的負債(その場しのぎの実装が後から重荷になる現象)になぞらえた言い方で、「ツールを単体で導入し続けた結果、つなぐ作業を先送りしたツケが積み上がっていく状態」を指します。

連携負債は、おおむね次のような順番で膨らんでいきます。

  • 単体導入のしやすさ: 新しいSaaSは数クリックで契約でき、その部署だけならすぐ使い始められます。導入の意思決定は軽く、連携のことは後回しにされます。
  • データの島が増える: ツールが増えるたびに、顧客や商談のデータがそのツールの中だけに溜まっていきます。同じ顧客の情報が、MAにも、名刺管理にも、表計算ソフトにも別々に存在する状態になります。
  • 手作業の橋渡しが常態化する: 島と島の間は、人がコピー&ペーストで埋めます。月次の報告作成、リストの突き合わせ、二重入力。この手作業こそが、調査でいう「損失」の正体の多くを占めます。
  • 全体像が誰にも見えなくなる: どこに正しいデータがあるのか分からなくなり、数字を出すたびに確認作業が発生します。新しいツールを足す判断も、既存との重複を把握できないまま下されます。

連携負債のやっかいなところは、利息のようにじわじわ効くことです。一つひとつの手作業は数分で、その場では「自分でやったほうが早い」と感じます。けれども積み重なると、本来の業務時間を確実に削っていきます。そして担当者が異動・退職すると、その人が頭の中で行っていた橋渡しの手順ごと失われ、業務が止まります。

日本のBtoB企業で連携負債が膨らみやすい理由

ここからはRespectifyの実務視点です。海外調査が示す連携の課題は、日本のBtoB企業、とりわけ大手企業のグループ会社や中堅企業では、別の形で増幅されやすいと私たちは考えています。支援の現場でよく出会うのは、次のような構造です。

一つは、部署ごとの個別最適でツールが入ってくることです。営業はSFAを、マーケはMAを、管理部門は別の業務システムを、それぞれの判断で導入します。各部署の中では合理的でも、会社全体で見ると顧客データが分散し、誰も全体をつなぐ責任を持たないまま放置されます。グループ会社では、親会社が選んだツールと自社で入れたツールが併存し、分断がさらに複雑になることもあります。

もう一つは、前任者の退職で連携の意図が失われることです。かろうじて動いている連携やデータ移行の手順が、特定の担当者の暗黙知に依存している。その人がいなくなると、なぜそのデータがそこにあるのか、どれが最新なのかが分からなくなり、誰も怖くて触れなくなります。これはツールそのものではなく、つなぎ方がドキュメントとして残っていないことが根本原因です。

少人数のマーケ担当の場合は、また違う形で表れます。MAを入れたものの、結局フォームとメール配信しか使えておらず、獲得したリードが営業の使うCRMやSFAと連携していない。その結果、自分が獲得したリードがその後どうなったのか追えず、広告の費用対効果を商談ベースで説明できない。これは機能を使いこなせていないという以前に、ツール間がつながっていない連携負債の一例です。

これらに共通するのは、「どのツールに、誰が、何のためにデータを入れているか」という全体像を、社内の誰も一枚で持っていないことです。連携負債は、技術の問題である以上に、誰がデータの責任を持つのかという運用の問題でもあります。

全部つなごうとしないことが立て直しの起点

では、連携負債をどう返済していくか。ここで気をつけたいのは、「分断しているなら統合ツールを買ってすべてつなげばよい」という発想に飛びつかないことです。冒頭で触れたとおり、その主張は連携製品を売る側が最も言いたいことでもあります。すべてを一度につなぐ大がかりな統合は、コストも期間も大きく、中堅企業やグループ会社が最初に取るべき手ではありません。

私たちが現場で取る順番は、むしろ逆です。全部をつなぐのではなく、報告と意思決定に効くものから順につなぐ。具体的には、次のステップで進めます。

  1. データの島を棚卸しする: まず「どのツールに、どんな顧客・商談データがあるか」を一覧化します。スプレッドシート1枚で十分です。重複しているデータ、手作業で橋渡ししている箇所に印を付けるだけで、負債のありかが見えてきます。
  2. 中心に置く一つを決める: つなぐ先となる中心を決めます。多くの場合、顧客と商談の情報が集まるCRM(顧客関係管理)が中心の候補になります。中心が決まらないままツールを相互に連携させると、かえって配線が複雑になります。
  3. 手作業が多い箇所から一本ずつつなぐ: 全部ではなく、いま最も人手がかかっている橋渡しから連携します。たとえば「MAで獲得したリードを、これまで手で写していたCRMへ自動で渡す」ような一本です。効果を実感しやすく、削減した時間がそのまま次の連携の余力になります。
  4. つなぎ方を必ず記録する: 何と何を、どういう条件でつないだかをドキュメントに残します。これが前任者退職リスクへの最も安価な対策です。

この順番なら、大きな統合投資を前提にせずとも、月次報告にかかる手作業を減らすところから始められます。CRMを中心にデータの流れを整理し直す進め方については、RespectifyでもCRMを中心にデータをつなぐ営業最適化の支援の入り口として、まずこの棚卸しと優先順位づけから入るケースが多くあります。

獲得したリードがその後の商談につながらない、マーケと営業でデータが分断しているという課題からの場合は、リード獲得から商談化までをつなぐ育成・選別の支援の領域として、フォームやメール配信止まりになっているMAを最小限の連携から立て直す進め方が起点になります。いずれも、製品を増やすのではなく、いまあるものをつなぎ直す発想が出発点です。

まとめ

  • MuleSoftの2025年調査では、大企業が使うアプリは平均897個、連携の課題による損失は年平均680万ドル(約10億円目安)と報告されています。ただし調査主体は連携製品を売る側であり、課題はやや大きく語られる前提で読むのが妥当です。
  • 問題の本質はアプリの個数ではなく、それらがつながっておらず手作業の橋渡しが常態化する連携負債にあります。負債は利息のようにじわじわ業務時間を削り、担当者の異動・退職で業務が止まるリスクを生みます。
  • 日本のBtoB企業では、部署ごとの個別最適な導入、前任者退職による連携意図の喪失、MAとCRMの分断といった形で連携負債が膨らみやすい構造があります。
  • 立て直しの起点は「全部つなごうとしないこと」です。データの島を棚卸しし、中心を一つ決め、手作業の多い箇所から一本ずつつなぎ、つなぎ方を記録する。報告と意思決定に効くものから順に返済していきます。

ツールを増やす前に、いまあるツールのデータの流れを一枚の図にしてみる。連携負債の返済は、その棚卸しから始まります。自社のどこから手を付けるべきか迷う場合は、無料相談からお気軽にご相談ください。