「日本は生成AIで出遅れている」。この種の見出しを目にする機会が増えました。その根拠としてよく引かれるのが、総務省が2025年7月に公表した「令和7年版 情報通信白書」の国際比較データです。たしかに数字だけを並べれば日本は米国・ドイツ・中国より低い。しかし、この数字を「だから日本はだめだ」と読むのも、「単なる国民性の違いだ」と流すのも、どちらも実務には役立ちません。本稿では白書の数字を一つずつ確認したうえで、差が生まれている構造を「方針」と「人材」の2つの観点からほどき、従業員数十名から200名規模のBtoB企業がいま何をすべきかを整理します。
目次
まず個人の数字です。白書によると、日本で「生成AIを使ったことがある」と答えた人の割合は26.7%でした。米国の68.8%、ドイツの59.2%、中国の81.2%と比べると、水準としては低い位置にあります。
ただし、ここで見落とされがちな事実が2つあります。
1つ目は伸び率です。日本の26.7%は、前年度の9.1%から約3倍に増えた数字です。水準は低くても、普及の立ち上がりが始まっていることを示しています。
2つ目は調査時点です。この国際比較の調査は2024年度に実施されたもので、本稿執筆時点(2026年6月)からはすでに1年以上が経過しています。この間に生成AIツールの日本語対応や業務ツールへの組み込みは大きく進んでおり、直近の利用率はさらに上昇している可能性が高いと考えるのが自然です。白書の数字は「日本の現在地」そのものではなく、「少し前の地点からの定点観測」として読む必要があります。
利用しない理由も白書は調べています。最も多かったのは「生活や業務に必要ない」で4割超、次いで「使い方がわからない」が4割近くを占めました。拒否感や不安が1位ではなく、「自分の仕事との接点が見えていない」が最大の理由だという点は、後述する企業側の構造とつながってきます。(参照:総務省「令和7年版 情報通信白書 くらしと経済を支えるICTの利用動向(個人利用)」(2025)、日本経済新聞「生成AIの個人利用は日本26%、米国・中国に後れ 情報通信白書」(2025))
企業に目を移すと、構造がもう少しはっきり見えてきます。白書によると、生成AIの活用方針を定めている日本企業は49.7%でした。これは「積極的に活用する方針」と「領域を限定して利用する方針」の合計で、米国84.8%、ドイツ76.4%、中国92.8%と比べると、ここでも開きがあります。
注目したいのは、この49.7%の内訳です。白書では、活用方針を定めている割合は大企業で約56%、中小企業で約34%と、企業規模によって20ポイント以上の差があることが示されています。つまり日本企業の数字を押し下げているのは「生成AIを禁止している」企業ではなく、「使うとも使わないとも決めていない」企業、とりわけ中堅・中小規模の層です。(参照:総務省「令和7年版 情報通信白書 くらしと経済を支えるICTの利用動向(企業利用)」(2025))
方針がない状態は、一見すると中立に見えますが、実務上は2つのコストを生みます。1つは、現場が個人の判断で生成AIを使い始め、情報の取り扱いルールが事実上の無法地帯になること。もう1つは、逆に「会社として決まっていないから使わない」という自粛が広がり、個人の26.7%にあった「業務に必要ない」「使い方がわからない」がそのまま放置されることです。方針の不在は、リスク管理の観点でも活用推進の観点でも、最も中途半端な状態だといえます。
では、なぜ方針策定が進まないのか。手がかりになるのが、IPA(情報処理推進機構)が2025年6月に公表した「DX動向2025」です。同調査では、DXを推進する人材の「量」が不足していると答えた日本企業は85.1%にのぼりました。同じ設問で米国は23.8%、ドイツは44.6%です。(参照:IPA「DX動向2025」(2025))
白書とIPAの2つの調査を重ねると、こう読めます。日本企業の生成AI活用が止まっているのは、経営の意欲や現場の能力の問題というより、「生成AIという技術を、自社の業務の言葉に翻訳して方針に落とす人」が社内にいない、という人材配置の問題です。方針を作るには、セキュリティの線引き、対象業務の選定、効果の測り方をセットで決める必要がありますが、その作業を担える人が圧倒的に足りない。だから方針が作れず、方針がないから現場も動けない。米中独との差は、この構造の差として読むほうが、煽り混じりの「危機感」よりよほど実務的です。
ここからはRespectifyの実務視点です。大企業約56%、中小企業約34%という方針策定率の差を見て、私たちが真っ先に思い浮かべるのは、大手グループの販売子会社や事業子会社の立ち位置です。
親会社には情報システム部門が作ったAI利用ガイドラインがある。しかし子会社にはそれを自社の業務に展開する担当者がおらず、「親会社の方針に準拠すること」という一文だけが降りてくる。結果として、禁止事項は伝わるのに活用の方針は決まらない。大企業と中小企業の統計の谷間に、グループ会社がそのまま落ちている格好です。親会社から「AIを使え」と言われながら、使うための社内ルールは自分で作らなければならない。この宙ぶらりんの状態こそ、49.7%という数字の裏側にある典型的な風景だと考えています。
稟議を起こす立場であれば、白書の49.7%は「やるリスク」ではなく「やらないリスク」の材料として使えます。方針を定めない限り、現場の野良利用も自粛も止められないこと。方針策定済みの企業がすでに半数に達しており、未策定のまま1年過ごすことは相対的な遅れを自ら選ぶことと同じであること。この2点は、調査データを添えて説明できる論点です。
個人の利用しない理由の1位が「生活や業務に必要ない」だったことは、裏を返せば、自分の業務との接点を一度具体的に見つけた人から順に使い始める、ということでもあります。少人数のマーケティングや営業企画の現場なら、接点は探すまでもなく目の前にあります。
着手する業務を選ぶ基準は1つで、「効果が測れるかどうか」です。たとえば次のような業務は、所要時間や本数という測れる指標を持っています。
逆に、戦略立案のような「良し悪しを測りにくい業務」から入ると、使った実感はあっても社内に説明できる成果が残りません。測れる業務で小さな実績を作り、それを根拠に方針と適用範囲を広げる。この順番なら、決裁権がない立場でも始められます。
そして、個人の利用経験が26.7%という現在地は、悲観材料ではなく機会でもあります。4人に3人がまだ使っていないということは、業務での使い方を型にできた個人と会社が、それだけで先行できるということです。なお「導入した先」で成果が出る企業と出ない企業が何で分かれるかは、別稿「AIを使う企業は88%、成果が出るのは6%。McKinsey調査で読む分かれ目」で扱っています。また、自社のどの業務から方針と適用領域を決めるべきかの整理は、方針策定から始めるAI活用支援で支援しています。
自社の方針づくりや適用業務の洗い出しから始めたい場合は、無料相談で現状を伺いながら一緒に整理します。