請求書が届いて初めて、そのツールの契約が続いていたことを思い出す。解約しようと調べたら、更新日はすでに過ぎていて、あと1年分の支払いが確定していた。SaaSの契約管理で、こうした経験は珍しくありません。SaaS管理プラットフォームを提供する米Zylo社が公表した「2026 SaaS Management Index」によると、企業が契約しているSaaSライセンスの利用率は54%。裏を返せば、半分近くのライセンスが、誰にも使われないまま費用だけを発生させています。本稿では、この実測データを起点に、日本の年契約・自動更新の商習慣に合わせた「契約更新前のSaaS見直し」の具体的な手順を整理します。なお、ツールの機能をどこまで使いこなせているかという「活用側」の点検は別の論点です。本稿は契約とコスト、つまりお金の側に絞って扱います。
目次
まず、この調査の性格を押さえておきます。Zyloは企業のSaaS契約と利用状況を一元管理するプラットフォームを提供する米国企業で、「2026 SaaS Management Index」は同社のプラットフォーム上で管理されている4,000万超のライセンスと約750億ドルのSaaS・クラウド支出を集計した実測値です。担当者の記憶や自己申告に頼るアンケート調査と違い、「契約上の席数」と「実際のログイン・利用」のずれがそのまま数字に出る点が、このデータの価値です。
2026年版の主な数字は次のとおりです。
利用率が7ポイント改善した点は朗報ですが、視点を変えれば「各社が管理を強化した結果として、ようやく半分を超えた」ということでもあります。改善後の姿でなお、契約したライセンスの半分近くが眠っているのです。(参照:Zylo「2026 SaaS Management Index」、同 発表ニュースリリース)
ひとつ注意があります。このデータの母集団はZyloの顧客、つまりSaaS管理に投資できる中堅から大企業に偏っています。平均305本のアプリや年間約30億円の浪費額は、従業員数千人規模の企業の話です。従業員30〜80名規模の企業がこの金額をそのまま自社に当てはめる必要はありません。ただし比率で考えると話が変わります。仮に年間のSaaS費用が300万円なら、利用率54%という比率をそのまま適用すれば、100万円以上が未使用分に消えている計算になります。規模が小さいほど1本の無駄が予算に占める割合は大きく、「数十万〜数百万円規模の取り戻せる費用」と読み替えるのが実態に近いはずです。
2026年版でもうひとつ目を引くのが、コストの「予測できなさ」に関する数字です。
同調査では、ITリーダーの78%が、AI機能または従量課金(使った量に応じて課金される料金体系)に起因する予期しない請求を経験したと回答しています。さらに61%は、想定外のSaaSコスト増加が原因で、進行中のプロジェクトや施策の中止を余儀なくされたと答えました。背景にはAI関連支出の急拡大があり、AIネイティブなアプリケーションへの支出は前年比108%増、従業員1万人超の企業に限れば393%増と、全カテゴリの中で最も速いペースで伸びています。
これは大企業だけの話ではありません。むしろ規模の小さいチームほど身近な問題です。最近のSaaSは、月額固定のプランに「AIクレジット」「生成回数」「処理量」といった従量課金の要素を重ねる料金体系が増えています。CRMやMAツールのAIアシスト機能、文字起こしツール、画像生成ツールなど、担当者が良かれと思って使い込んだ結果、翌月の請求が想定の数倍になっていた、という構図です。固定費だと思っていたものが変動費になっている。この変化に契約管理の側が追いついていないことが、78%という数字の正体だと言えます。
Zyloのデータは中堅〜大企業の実測ですが、浪費が生まれるメカニズム自体は企業規模を問いません。SaaS管理ツールを提供するFlexera社の解説記事は、Gartnerの「ソフトウェアライセンスコストの30%は、管理が不十分なために浪費されている」という推計を引きながら、典型的なパターンとして「部門ごとの重複購入」を挙げています。営業部はAのプロジェクト管理ツール、開発部はB、と部門が別々に契約し、機能がほぼ重なる2本のツールに二重の費用を払い続けるケースです。同記事の試算では、100名の企業が重複ツールを1本に統一するだけで年間6,000ドル(約90万円)の削減になるとしています。(参照:Flexera「How Much Are Redundant SaaS Apps Costing You?」)
重複購入、退職者の席の放置、無料トライアルのつもりが課金されていた契約。これらに共通する構造は、「契約の情報」と「利用の実態」が別の場所にあり、突き合わせる機会がないことです。契約情報は経理の支払データに、利用実態は各ツールの管理画面の中に。誰も両方を見ていないので、使われていないライセンスは更新のたびに自動で生き延びます。だからこそ、突き合わせる機会を意図的に設計する必要があります。その最適なタイミングが、契約更新の前です。
ここからはRespectifyの実務視点です。日本のBtoB向けSaaSは年契約が主流で、多くの契約には「解約する場合は更新日の1〜3か月前までに書面等で通知すること」という条項が付いています。つまり、更新日に気づいてからでは遅く、解約通知期限に間に合ってはじめて見直しの選択肢が生まれます。請求書が来てから考える運用では、構造的に毎年1年分ずつ判断が先送りされるわけです。
おすすめは、次の3ステップで「見直しの運用カレンダー」を作ってしまうことです。スプレッドシート1枚で足ります。
1. 契約の一覧化: 自社で契約中のSaaSをすべて書き出し、年額・席数・更新日・自動更新の有無・解約通知期限の5項目を埋めます。経理の支払データと突き合わせると漏れが見つかります。従業員50〜200名規模なら対象は10〜30本程度で、最初の一覧化は半日仕事です。 2. 逆算した「判断日」の設定: 各契約について、解約通知期限のさらに1か月前を「判断日」としてカレンダーに登録します。通知期限が更新の2か月前なら、判断日は更新の3か月前です。ここで初めて、検討する時間が確保されます。 3. 判断日のチェック実施: 判断日が来たら、後述のチェックリストでそのツールを点検し、「継続・縮小・解約」のいずれかを決めます。決めた結果と理由を一覧表に残しておくと、翌年の判断が速くなります。
ポイントは、全ツールを一斉に見直そうとしないことです。更新日はツールごとにばらけているので、判断日方式なら毎月1〜3本ずつ、1本あたり30分程度の点検で回り続けます。
判断日に確認するのは、次の4点です。
| 項目 | 確認すること | 判断の目安 |
|---|---|---|
| 最終ログイン | 直近90日間に誰がログインしたか | 利用者ゼロなら解約候補。管理画面の利用ログで確認 |
| 席数の充足率 | 契約席数に対して実際の利用者は何人か | 10席契約で利用3名なら、まず席数の縮小を交渉 |
| 重複機能 | 他の契約ツールと機能が重なっていないか | 同じ用途のツールが2本あれば、利用の多い側に統一 |
| AI課金条項 | AI機能・従量課金の条項と上限設定の有無 | 上限アラートを設定。設定できない契約は要注意として記録 |
4点目は、78%が経験した「予期しない請求」への備えです。更新のタイミングは、料金体系の変更が反映されやすい瞬間でもあります。更新案内のメールや新しい利用規約に「AI機能の従量課金」「クレジット制」の記載が増えていないかを確認し、利用上限やアラートを設定できるなら必ず設定しておきます。
なお、この点検を進めると「ツールは使われているが、データが分断していて統合したい」という次の課題に行き当たることがよくあります。重複ツールをCRM側に寄せて整理する設計は、ツールを使いこなす運用設計を含む営業最適化の支援で私たちが最初に着手する領域のひとつです。
最後に、見直しの成果を確実にするための視点です。解約や席数縮小で費用が浮いても、行き先を決めなければ「なんとなく消えるコスト削減」で終わります。立場ごとに、あらかじめ使い道の判断軸を持っておくことをおすすめします。
マーケティング担当の方なら、シンプルに「未使用ツールの年額を、成果の測れる施策の予算に振り替える」提案が有効です。使われていないツールの年額60万円は、月5万円の広告予算と同じ金額です。成果の出どころが説明できない固定費を、商談につながったかを計測できる変動費に付け替える。この提案は、予算を預かる上長にとっても判断しやすい構図です(広告の費用対効果を商談ベースで測る設計はマーケツールの活用を含むリード獲得・育成の支援の領域として、別の記事でも扱っていきます)。
グループ会社でDXや管理部門を担う方なら、見直しの過程で見つかる「会社が把握していなかった契約」、いわゆるシャドーIT(情報システム部門の管理外で、現場が独自に契約・利用しているツール)への対処が論点になります。Zyloの調査が示すとおりSaaSは平均で月21本のペースで増えており、放置すれば一覧表はすぐ古くなります。年1回の大掃除ではなく、新規契約時の登録ルールと判断日方式の定期点検をセットにした「仕組みとしての契約管理」に育てると、親会社への報告やグループ全体の統制の文脈でもそのまま使える資産になります。(参照:Zylo「SaaS Statistics」)
最初の一歩は、契約中のSaaSと更新日を1枚の表にすることです。自社の契約整理やツール統合をどの順番で進めるべきか迷う場合は、無料相談からお気軽にご相談ください。