「営業がリードを追ってくれない」「マーケのリードは質が低い」。BtoB企業でこのすれ違いが話題になるとき、処方箋はたいてい「連携を密に」「合同ミーティングを増やす」といった人間関係側の対策に落ち着きます。しかし、ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)2024年11-12月号に掲載された論文「A Better Way to Link Sales and Marketing」は、この問題の根を別の場所に求めました。両部門の関係が悪いのは性格や文化の不一致ではなく、それぞれが別々の顧客データを抱え、同じ顧客が違う姿に見えているからだ、という指摘です。本稿ではこの論文の中核概念「デジタルカスタマーハブ」を紹介したうえで、論文が想定する大企業ではなく、従業員50〜300名規模の日本のBtoB企業が現実的に組める「最小構成」に翻案して解説します。
目次
まず、よくある状況を分解してみます。マーケティング部門はMAツール(マーケティングオートメーション。フォームやメール配信を自動化するツール)に見込み客の行動履歴を持っている。営業部門はSFA(営業支援システム)やExcelに商談の経緯を持っている。さらに名刺管理ツール、問い合わせフォーム、セミナーの参加者リストがそれぞれ別の場所にある。どのデータも間違ってはいません。ただ、つながっていないのです。
この状態で何が起きるか。マーケから見ると、渡したリードがその後どうなったか分からないため、「営業が追っていない」ように見えます。営業から見ると、リードの背景情報がないまま名前と会社名だけが送られてくるため、「質が低い」ように見えます。どちらの言い分も、自分の手元のデータからは正しい。つまりこの対立は、当事者の怠慢ではなく、見ている情報が部門ごとに分断されていることの帰結です。
買い手側の変化が、この分断の影響をさらに大きくしています。Forresterが2024年12月に公表した調査「The State Of Business Buying, 2024」によると、企業の購買決定には平均13人が関与し、購買の89%は2つ以上の部署をまたいで進みます。買い手がこれだけ複雑に動いているとき、売り手側の顧客情報がツールごとに細切れになっていれば、検討の全体像を誰一人つかめないのは当然と言えます。(参照:Forrester「The State Of Business Buying, 2024」(2024))
なお、この「個人のリード単位ではなく買い手グループ単位で捉え直す」という論点は、別の記事で詳しく扱っています。買い手グループ単位への転換そのものは、Forresterが別の論考で正面から提唱しています。本稿はその手前にある土台、つまり顧客データそのものの統合に焦点を当てます。(参照:Forrester「The Verdict Is In: It's Buying Groups For The Win」(2025))
論文の著者は、コンサルティング会社ZS(ゼットエス)のプラバカント・シンハ、アルン・シャストリ、サリー・ロリマーの3名です。ZSは営業組織の設計・運用を専門とする会社で、著者らは営業マネジメント分野の著作を長年発表してきた、この領域では定評のある実務家です。
著者らの提案を一言でまとめると、「営業・マーケティング・カスタマーサービスがそれぞれに顧客データと分析の仕組みを抱えるのをやめ、全部門が共有して使う一つの基盤に集約する」となります。論文はこの共有基盤を「デジタルカスタマーハブ(Digital Customer Hub)」と呼びます。論文の冒頭では、サイロ化した顧客データと分断された知識が、顧客の期待する一貫した体験の提供を妨げていること、その解決にはリアルタイムに同期されたデータとインサイトへのアクセスが必要であることが述べられています。(参照:HBR「A Better Way to Link Sales and Marketing」(2024))
重要なのは、ハブが単なる「データの置き場」ではない点です。データを一か所に集め、そこから営業もマーケも同じ顧客像を見て動く。リードの引き渡しは「名前を渡す」行為ではなく「文脈ごと渡す」行為に変わる。部門間の議論は「どちらが悪いか」ではなく「同じデータのどこに手を打つか」に変わる。これが論文の描く姿です。
ただし、HBRの論文が想定しているのは、専任のデータ人材やアナリティクスチームを抱えられる大企業です。日本の中堅企業がこの絵をそのまま実装しようとすると、構想の大きさに着手が止まります。そこで後半では、この考え方の骨格だけを残した最小構成を提案します。
その前に、「データの問題」を放置したまま連携施策だけを重ねても解決しない理由を、もう一つの調査で補強しておきます。
Gartnerが2024年に実施した調査(シニアマーケティングリーダー378名対象)では、マーケティングの価値を証明し、事業成果への貢献として認められているマーケターは52%にとどまりました。同調査では、CFOの40%、CEOの39%がマーケティングの価値に懐疑的だという結果も出ています。(参照:Gartner「Only 52% of Senior Marketing Leaders Can Prove Marketing's Value」(2024))
価値を証明できない最大の理由は、マーケティングの活動データと、商談・売上のデータが切れていることです。リード獲得までは自部門のツールで数えられても、その先の商談化・受注は営業側のシステムの中にあり、つながっていない。これはマーケターの能力の問題ではなく、データの導線の問題です。そして導線がない限り、合同会議を何回開いても、議論は互いの手元の数字の読み合わせで終わります。営業とマーケの「仲直り」は、感情ではなくデータの接続から始める方が早いのです。
ここからはRespectifyの視点です。私たちは、HBRの言うデジタルカスタマーハブの骨格は「顧客の正しい台帳がある」「顧客との接点の記録が一か所に集まる」「引き渡しのときに文脈が一緒に動く」の3点に集約できると考えています。従業員50〜300名規模のBtoB企業なら、この3点は専任チームがなくても、次の3段階で組めます。
最初にやるのは、分析でも自動化でもなく、台帳の整理です。「どのシステムにある顧客情報を正とするか」を一つ決め、会社名・担当者の表記揺れ(株式会社の前後、全角半角、旧部署名)を統合します。名刺管理ツール、MA、SFAに同じ会社が三重に登録されている状態では、この後の何をやってもデータが割れます。
判断基準はシンプルで、「この会社と当社の関係を知りたいとき、最初に開く画面はどれか」を一つに決められるかどうかです。CRM(顧客関係管理システム)を中心に据えるのが一般的で、このマスタ設計と移行は顧客データを一元化する営業最適化の支援でも最初に取り組むことの多い工程です。
台帳が一つになったら、顧客との接点の記録をそこに集めます。メールのやり取り、フォームの送信、セミナー参加、Webページの閲覧、商談メモ。これらが顧客ごとに一本の時系列で見える状態を目指します。
すべてを自動連携する必要はありません。優先順位は「営業がリードを受け取った瞬間に見たい情報」から逆算します。多くの場合、メール連携とフォーム・ページ閲覧の記録だけでも、営業側の景色は大きく変わります。展示会の名刺など手作業の取り込みが残る部分は、頻度を決めて運用でカバーすれば十分です。なお、フォームやページ閲覧といったマーケ側の接点を整える工程は、リード獲得から育成までの支援の延長線上にあり、活動ログの集約と地続きで設計できます。
仕上げは、リードを営業に渡すときのルールづくりです。名前と会社名だけの引き渡しをやめ、最低限の文脈を必ず添えます。私たちが推奨する最低限のチェックリストは次の5項目です。
第2段階までができていれば、この5項目は新たに調べるものではなく、CRMの画面にすでに揃っているはずです。引き渡しの定義(どの状態になったら渡すか)とこのチェックリストをセットで合意できれば、「質が低い」「追っていない」の応酬は、データを指差した具体的な会話に置き換わります。
最後に、この取り組みを社内で通すための組み立てです。ツール統合やCRM整備の稟議は、「新しい仕組みの便利さ」から書くと通りにくくなります。決裁者にとっては、いま動いているものを変えるリスクの方が大きく見えるからです。おすすめは、現状の損失を先に数字で示す順序です。
具体的には、第一に現状の損失を見積もります。月次報告のための手作業の集計に何時間かかっているか、マーケと営業が同じ顧客に重複アプローチした件数、引き渡し後に放置されたリードの割合。完璧な数字でなくてよく、1か月分の実測で十分です。第二に、それが構造的な問題であることを第三者の調査で裏づけます。購買には平均13人が関与し89%が部署をまたぐというForresterの調査、マーケの価値を証明できているのは52%にとどまるというGartnerの調査は、「うちだけの問題ではなく、データ分断を放置した組織に共通して起きる」ことを示す材料になります。第三に、本稿の3段階のような小さく始められる計画を添え、初期投資を抑えた段階導入として提案します。
損失、裏づけ、段階計画。この順序で組むと、稟議は「ツールを買いたい」ではなく「いま漏れている売上と工数を止めたい」という話になり、決裁者の判断軸に乗りやすくなります。
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