「全社員にAIツールのアカウントを発行しました」。社内告知を出し、簡単なマニュアルを配り、経営層には「AI導入完了」と報告する。ところが数か月後にログを見ると、使っているのは一部の部署と数人の熱心な社員だけ。心当たりのある方は少なくないはずです。ボストン コンサルティング グループ(BCG)が2025年6月に公表した調査「AI at Work 2025: Momentum Builds, But Gaps Remain」は、この「配ったのに使われない」現象を世界規模の数字で裏づけたうえで、定着の分かれ目が研修のかけ方にあることを示しました。本稿ではこの調査を起点に、ツール配布で止まる構造と、従業員50〜200名規模のチームでも実行できる「研修と定着の設計」を整理します。(参照:BCG「Companies Must Go Beyond AI Adoption to Realize Its Full Potential」(2025))
全体72%、現場51%。利用は広がったのに断層が残る
まず調査の概要です。この調査はBCGが毎年実施しているもので、2025年版は第3回にあたり、11か国・10,600人超の従業員を対象にしています。なお、BCGはAI導入支援も手がけるコンサルティング会社であり、本調査は同社の自社調査である点は前提として押さえておいてください。そのうえで、国・業種をまたいだ1万人超のサンプルは、社内議論の出発点として十分な規模です。
調査が示した現在地は、次の2つの数字に集約されます。
- 72%: AIを定常的に利用していると答えた回答者全体の割合。AIはすでに日常業務に織り込まれつつあります。
- 51%: 現場の従業員(フロントライン。経営層や管理職ではなく、日々の実務を担う層)に限った定常利用率。しかもこの数字は前年から停滞しているとBCGは指摘しています。
全体平均が72%で現場が51%ということは、リーダー層・管理職層の利用率は平均をさらに上回っている計算になります。つまりAIの利用は上の階層に偏っていて、実務の最前線には届いていない。導入の勢い(Momentum)はあるのに断層(Gaps)が残る、というレポート名の通りの構図です。(参照:BCG「AI at Work 2025: Momentum Builds, But Gaps Remain」(2025))
この断層を放置すると何が起きるかも、調査は示唆しています。現場の従業員のうち「リーダーがAI活用について十分な指針を示してくれている」と答えたのは25%にとどまり、一方で回答者の54%は「会社が認めていないAIツールでも使う」と答えています。指針と研修が不足したまま放置された現場は、使わなくなるか、我流で勝手に使い始めるかに分かれていくわけです(後者のいわゆるシャドーAIの問題は、それ自体が大きなテーマのため別の記事で扱います)。
差を分けるのは研修。「5時間以上、対面・コーチング付き」という目安
では、定常的に使う人と使わない人は何が違うのか。BCGの調査が挙げる最大の要因は研修です。
調査では、「AIの使い方について十分な研修を受けた」と感じている従業員は36%にとどまりました。3人に2人は、ツールだけ渡されて使い方は自己流に任されている状態です。そのうえでBCGは、5時間以上の研修、特に対面でコーチングを伴う研修を受けた従業員は、AIの定常利用者になる確率が有意に高いと報告しています。30分の操作説明会や、eラーニングのリンク共有では足りない。まとまった時間を取り、隣で見てもらいながら使う経験が、利用習慣の分かれ目になるということです。
研修の不足は日本ではさらに深刻です。KPMGとメルボルン大学による47か国・48,000人超の国際調査(2025年)では、職場でAI関連の研修を受けたことがある人はグローバルで47%でしたが、日本はその半分以下の21%でした。(参照:KPMG「Trust, attitudes and use of AI: A global study 2025」(2025))また、MicrosoftとLinkedInの2024年の調査では、職場でAIを使う人の78%が会社支給ではなく自前のAIツールを持ち込んでいると報告されています。研修が提供されないなかで、学習は個人の自助努力に委ねられているのが実態です。(参照:Microsoft・LinkedIn「2024 Work Trend Index」(2024))
「ライセンスを配って導入完了」が定着を生まない構造
ここからはRespectifyの実務での見立てです。私たちは、全体72%と現場51%の断層を「やる気の差」ではなく、立場による条件の差だと捉えています。
管理職や企画職は、自分の裁量で時間の使い方を決められます。資料作成や情報収集など、AIを試しやすい業務も多い。試行錯誤の時間そのものが仕事の一部として認められやすい立場です。一方、現場の担当者は決まった手順と納期の中で動いています。AIに試しに任せてみて品質が落ちたら自分の責任になる。就業時間中に「練習」する余白もない。この条件下では、ツールが配られても合理的な選択は「今まで通りのやり方」になります。
つまり「ライセンス配布で導入完了」という進め方は、もともと試す余裕がある層にしか効かない施策なのです。経営層への報告で「全社導入率100%」と書けても、利用実態はBCGの数字が示す通り階層で割れている。導入率ではなく利用率、それも階層別・部署別の利用率を見ない限り、この断層は報告書に現れません。
見方を変えれば、ここには好材料もあります。BCGが効果を確認した「対面・コーチング付き」の研修は、日本企業が昔から持っているOJT(実務を通じて先輩が隣で教える育成方法)の型そのものです。集合研修で座学を聞かせるのではなく、実務に同伴して手を動かしながら教える。この文化的な土台がある分、日本の組織は「5時間の研修」を形骸化させずに設計しやすい位置にいると私たちは考えています。
少人数チームでもできる「5時間」の組み立て方
「5時間以上の研修」と聞くと、研修部門のある大企業の話に思えるかもしれませんが、要点は時間数ではなく中身です。実務テーマへの同伴とコーチングが入っていれば、従業員数十名の会社でも、マーケティング担当が1〜2名のチームでも組み立てられます。一例として、合計5時間の構成を示します。
1. キックオフ(30分): 参加者それぞれが「AIに任せたい自分の業務」を1つ選びます。議事録の要約、見積もり文面の下書き、メルマガ原稿など、毎週発生する実務に限定します。あわせて、出力の合格基準(誰がどう確認したら業務に使ってよいか)を先に文章で決めておきます。 2. 持ち込み型ハンズオン(2時間×2回): 架空の演習問題ではなく、キックオフで選んだ実際の業務をその場でAIに任せてみます。社内の先行ユーザーや外部の支援者が隣につき、指示文の直し方をその場でコーチングします。1回目と2回目の間は1〜2週間あけ、各自が実務で試した結果を持ち寄ります。 3. 共有会(30分): うまくいった指示文と、失敗した出力の両方を共有します。失敗例の共有を評価する場にすることが、現場の「試したら責任を問われる」不安を下げる鍵になります。以後は週次30分の定例として続けると、研修が一度きりのイベントで終わりません。
ポイントは、最初に決めた合格基準に照らして「この業務はAIで定常運用に乗せる」「これはまだ人がやる」を研修の終わりに判定することです。ここまでやって初めて、研修が利用習慣に変わります。
そして立場ごとの使い道です。DX推進を担う方にとって、この調査は研修工数を予算化する稟議の根拠になります。ツール利用料だけを稟議に載せると「まず安く試そう」となりがちですが、「十分な研修を受けた従業員は36%しかいない」「5時間以上の対面研修で定常利用率が有意に上がる」という第三者の調査数字を添えれば、研修時間(5時間×対象人数)をツール費と同列の投資項目として説明できます。一人マーケのような少人数体制の方にとっては、我流を脱する学習の設計図になります。独学で画面に向かう時間を増やすより、自分の定常業務を3つ選び、合格基準を決め、結果を記録する。このサイクルを回すほうが、断片的なテクニックの寄せ集めよりも確実に定着します。どの業務から手を付けるか、研修をどう設計するかの見立てが必要な場合は、業務へのAI実装と定着の支援で扱っている領域ですので参考にしてください。
まとめ
- BCGの2025年調査(第3回・11か国・従業員10,600人超)では、AIの定常利用は回答者全体で72%に達した一方、現場の従業員では51%で停滞しています。利用は管理職層に偏り、実務の最前線に届いていません。
- 「十分な研修を受けた」と感じる従業員は36%。BCGは、5時間以上の研修、特に対面・コーチング付きの研修を受けた従業員は定常利用者になる確率が有意に高いと報告しています。
- 日本はKPMGの国際調査で研修受講率21%とグローバル(47%)の半分以下。一方で、実務同伴で教えるOJTの文化は「対面・コーチング付き研修」と相性がよく、設計次第で強みになります。
- 少人数チームなら、キックオフ30分、業務持ち込み型ハンズオン2時間×2回、共有会30分の計5時間から始められます。先に出力の合格基準を決め、終わりに定常運用の可否を判定することが定着の条件です。
- ツール費だけでなく研修工数を投資として予算に載せること。それが「配って終わり」と「定着」を分ける、調査が示すもっとも確度の高い一手です。
自社のどの業務を研修テーマに選ぶべきか迷う場合は、無料相談で現状の業務とツール利用状況を伺いながら一緒に整理します。