HubSpotとSalesforceの両方を使っている、あるいはこれから併用しようとしている中堅BtoB企業は珍しくありません。マーケはHubSpot、営業はSalesforceという分担は、それぞれの製品の強みを活かしやすい構成です。一方で実装に入ったとたん、「どのオブジェクトが、どの方向に、何をきっかけに同期するのか」が見えなくなり、連携設定の画面の前で手が止まるという相談を私たちはよく受けます。本稿はその迷いを解くために、HubSpotの公式ドキュメントを正として、連携の構造、対応エディション、設定手順、現場で起きるつまずきまでを整理します。なお引用するHubSpotのKnowledge Baseはベンダー出典で、本稿の内容は2026年6月時点の情報です。最新の仕様は必ず公式の最新版で確認してください。どちらの製品を選ぶかという前段の論点は別稿「HubSpotとSalesforce、中堅BtoBはどちらを選ぶべきか」で扱っており、本稿は両方使う前提に絞ります。
目次
両者を連携する目的は、MA(マーケティングオートメーション)とSFA(営業支援)を別の基盤に分けたうえで、リードと取引の情報を一本でつなぐためです。マーケ側はHubSpotでフォーム・メール・スコアリングを回し、営業側はSalesforceで商談ステージと予測を回す。この分担自体は理にかなっていますが、つながっていないと「マーケが獲得したリードが商談になったのかを追えない」「営業が見ている顧客情報がマーケ側の最新の活動と一致しない」といった分断が即座に起きます。これは別稿「ツールを増やすほどデータが見えなくなる連携負債」で扱った、連携を後回しにした結果のツケと同じ構造です。
連携の目的を一文で言えば、マーケと営業のどちらが見ても「同じ顧客の最新の状態」が見える状態を作ることです。HubSpot側のリードが商談化したらSalesforce側の商談に反映され、Salesforce側で更新した商談のステージや金額がHubSpotのレポートにも反映される。この双方向の流れができて初めて、広告費から商談・受注までを一つの線で語れるようになります。逆にこの目的設計が曖昧なまま設定画面に入ると、「とりあえず全項目を双方向同期」のような構成になりがちで、後述する重複や上書き事故の温床になります。
連携できる対象は、CRMの基本オブジェクトとカスタムオブジェクトに広く及びます。HubSpotの公式FAQ(HubSpot-Salesforce Connector Package v3 FAQ)で示されている対応オブジェクトを実務的に整理すると、次の対応関係になります。(参照:HubSpot KB「HubSpot-Salesforce Connector Package v3.0.1 FAQ」)
ここで日本の現場が最初につまずきやすいのは、SalesforceのリードとコンタクトをHubSpot側の単一の「コンタクト」に集約する点です。Salesforceには商談化前の見込み客を入れる「リード」と、Account(取引先)に紐づく「コンタクト」が分かれていますが、HubSpotにはこの区別がなくコンタクトに一本化されます。連携を設定する際には、HubSpotコンタクトが新規ならSalesforce側にリードとして作るのか、コンタクトとして作るのかを最初に決める必要があります。
会社オブジェクトについては、HubSpotが新しいCompany Syncを公開しており、従来のレガシーなアカウント同期から段階的に置き換えが進んでいます。新版では会社の双方向同期、HubSpotスコアの送信、フィルタの細かな制御などが可能です。一方で「新しいCompany Syncに切り替えるアップグレードは、現時点では一度切り替えると元には戻せない不可逆な操作」と公式ドキュメントに明記されています。手順や仕様は公式ドキュメントで必ず最新を確認してください。(参照:HubSpot KB「Use the new company sync between HubSpot and Salesforce」(2026-06-03))
活動・タスクの同期は、メールやミーティング、コール、タスクの履歴をHubSpotとSalesforceの両側に揃えるためのものです。営業がSalesforceで記録したコールがHubSpotの顧客タイムラインにも残り、マーケが送ったHubSpotのメールがSalesforce側のリードのタイムラインにも見える。これが両者を併用する組織の最大の実利の一つです。なお活動同期にはどの種類の活動をどちら向きに流すかの設定があり、初期値のまま使うと社内メールやテンプレ送信まで全部流れ込む過多になりがちです。(参照:HubSpot KB「Sync activities and tasks between HubSpot and Salesforce」)
連携の中身は「どのオブジェクトを」「どの方向に」「どのタイミングで」「どのフィールド単位の上書きルールで」流すか、の組み合わせです。ここを構造として理解しておかないと、設定画面のチェックボックスをなんとなく入れた結果、想定外の上書きが本番データで起きます。
同期方向は、フィールドごとに次の4つから選びます。これらはHubSpotの「Manage your Salesforce integration settings」の同期ルール解説に基づくものです。(参照:HubSpot KB「Manage your Salesforce integration settings」)
このうち実装上重要なのは、既定の多くが「Prefer Salesforce」になっている点です。つまり何も触らずに連携を有効にすると、両側に値があるフィールドはSalesforceが正と見なされる挙動になります。マーケがHubSpotで丁寧に整えた業種や規模の情報が、Salesforce側に古いデータが入っていたために上書きされるという事故は、この既定を意識せずに有効化したときに起きます。
同期のタイミングについては、公式ドキュメントは具体的な同期間隔の分数を明示しておらず、トリガーベースの自動同期として説明しています。「リアルタイムではなく、対象の変更を検知して自動的に同期がかかる」と理解しておくのが正確です。即時反映を前提に業務を設計するのではなく、数分〜のタイムラグが入る可能性を織り込んだ運用にしておくのが安全です。
加えて重要なのが、インクルージョンリスト(Inclusion List)の概念です。これはHubSpot側のどのコンタクトをSalesforceに送るかを絞り込むフィルタで、たとえば「マーケティング適格リード(MQL)に到達したものだけ送る」「特定のライフサイクルステージ以降だけ送る」といった条件を定義します。インクルージョンリストを設定しない場合、HubSpotの全コンタクトがSalesforceに流れ込み、SalesforceのAPI上限とライセンスを圧迫します。事業のフェーズで条件は変わりますが、最初は「営業が見るべきリードだけ送る」設計を強く推奨します。
連携を使えるエディションには両側で前提があります。HubSpot側は、連携先のHubのProfessional もしくは Enterprise が必須です。Starter以下や無料版では利用できません。Sales HubのみPro、Marketing HubもPro、というように、連携対象のHubそれぞれが該当エディション以上である必要があります。(参照:HubSpot KB「Connect HubSpot and Salesforce」(2026-06-17))
Salesforce側は、APIアクセスが有効なエディションが必要です。HubSpotの公式ドキュメントでは、Enterprise・Unlimited・Developer・Performanceに加えてAPIアクセスが有効なProfessional Editionが対象で、Group Editionは対象外と明記されています。Government Cloudも対象です。Salesforce Professional Editionは標準ではAPI連携が制限されており、APIアクセスを使うには別途のオプション契約が必要なケースがあるため、自社のSalesforceがどのEditionで、APIが使える状態かを契約条件で確認しておく必要があります。
API上限も無視できません。Salesforce側にはAPI Callsの日次上限があり、Editionとライセンス数によって変動します。具体的な数字はライセンス構成で変わるため、自社のSalesforce管理画面で確認するのが確実です。「全コンタクト・全フィールドを双方向同期」のような構成にすると、この上限に張り付くリスクがあります。前節のインクルージョンリストと、フィールド単位の同期方向の選定は、ライセンスコストの観点でも効きます。
なお現行のAppExchange上の連携パッケージは「Connector Package v3系」です。詳細な改修点や設定差分は公式FAQに整理されているため、実装前に一読しておくと事故を減らせます。
実装の流れは大きく5つに分けて捉えると見通しが立ちます。各ステップの細目は公式の「Connect HubSpot and Salesforce」と「Manage your Salesforce integration settings」に詳述されているため、ここでは要点だけ整理します。
特に5番目は、私たちが現場で最も時間をかける部分です。具体的な手順は別稿「HubSpotデータ移行を成功させる進め方」に整理しています。連携前の数日を惜しんで本番で混ぜると、後から数週間かけて剥がす作業になります。
連携の現場で繰り返し起きる落とし穴は、ある程度パターン化できます。代表的なものを5つ挙げます。
第一に、HubSpotコンタクトとSalesforceリード/コンタクトの二重管理です。HubSpotには一本化されているコンタクトを、Salesforce側でリードとコンタクトに振り分ける際のルールが曖昧だと、同じ人物がリードとコンタクトの両方に存在する状態になりがちです。コンバージョン(リードをコンタクト化する)のタイミングを、ライフサイクルステージや特定のフィールド値で明確に定義しておく必要があります。
第二に、会社⇔アカウントのキー設計です。日本企業は同じ会社名でも漢字・カタカナ・英字の表記揺れが多く、ドメイン(メールの@以降)でひもづけるか会社名でひもづけるかで重複の発生率が大きく変わります。Company Syncの新版ではフィルタや突合のロジックを設定できますが、設定する前に「自社では何を会社の一意キーにするのか」を決めておくべきです。前述のとおり新Company Syncは一度切り替えると戻せないため、テスト環境で挙動を確認してから本番に適用するのが安全です。
第三に、所有者(オーナー)の同期です。HubSpot側のContact Owner、Company Owner、Deal Ownerと、Salesforce側のOwnerをどう対応させるかは、両側のユーザーを一対一で対応させるマッピングを最初に作っておく必要があります。担当替えのたびに両側で同じユーザーを更新するのは現実的ではなく、片側を起点に同期する設計にすべきです。
第四に、API上限への張り付きです。Salesforce側のAPI Callsには日次の上限があり、過剰な同期はここを圧迫します。同期対象を絞るインクルージョンリストと、フィールド単位の必要最小限の同期方向選定が効きます。連携が止まったとき、まず確認すべきはこの上限です。
第五に、新Company Syncへのアップグレードの不可逆性です。前述のとおり、現時点で新Company Syncに切り替えると以前の方式には戻せないと公式に明記されています。本番で切り替える前に、Sandboxや別ポータルでの検証、関係者への影響説明、ロールバックできない前提でのリリース判断、を必ず行ってください。
連携は機能の設定ではなく、データガバナンスの設計です。設定画面に入る前に、社内で次の3つを合意しておくことを強く勧めます。
1. マスターはどちらか:顧客の属性情報、取引のステージ、所有者など、フィールドごとに「どちらの値を正とするか」を一覧で決めます。営業が触る項目はSalesforce、マーケが触る項目はHubSpot、と所有が明確なものから埋めていきます。決まらないまま実装に入ると、Prefer Salesforceの既定値で動いてしまい、後で「上書きされた」と現場が騒ぐことになります。
2. 同期範囲のスコープ:全レコードを送るのか、特定のライフサイクルステージ以降だけ送るのか、特定の地域や事業部だけ送るのか。インクルージョンリストの条件は、ビジネス側で先に決めるべき論点です。ITや実装担当が技術的に決められる類の話ではありません。
3. 例外運用のルール:手動でSalesforce側に作った商談、片側でしか持ちたくない試験的なデータ、退職者の引き継ぎ。例外はゼロにはなりません。例外を許容する条件と、定期的に棚卸しする運用を最初に決めておくと、連携の設定そのものをシンプルに保てます。
これらは技術論ではなく業務設計の論点です。連携を技術タスクとして実装チームに丸投げすると、ほぼ確実に後工程でゆり戻しが発生します。実装の前に1時間でもよいので、マーケ・営業・実装の三者で論点を出し切る場を作ることのリターンは大きいと、私たちは経験的に感じています。
HubSpotとSalesforceの連携は、AppExchangeのパッケージを入れて画面で設定するだけで動き始めます。けれども動き始めた連携が業務に効くかどうかは、設定の前にデータガバナンスを設計しているかで決まります。本稿の要点を改めて整理します。
連携を「機能の設定」として扱うか、「データガバナンスの設計」として扱うかで、半年後に得られる景色は大きく変わります。Respectifyでは、両社の併用を前提とした中堅BtoBに対して、フィールド単位のマスター設計とインクルージョンリストのスコープ定義、初回同期前のデータクレンジングまでを含めてHubSpotの導入・定着支援として扱っています。設定画面の前に決めるべき業務側の論点を、実装と同じテーブルで詰めることを大切にしています。
自社の現状でHubSpotとSalesforceをどうつなぐべきか、あるいは既存の連携を見直したい場合は、無料相談からお気軽にお寄せください。