CRMの入れ替えや初導入を検討するとき、多くの中堅BtoB企業が最初にぶつかる二択がHubSpotとSalesforceです。比較記事を読むほど「どちらも高機能で、どちらも実績がある」という結論に行き着き、結局決め手を欠いたまま稟議が止まる。この迷いの正体は、製品の機能比較だけで選ぼうとしている点にあります。従業員50〜300名規模で、CRMの管理者を専任で置けない会社にとって本当に効くのは、機能の多寡ではなく「自社の複雑性と運用体制に合っているか」という問いです。本稿では第三者のレビュー集計・評価機関のレポート・各社の公式価格をもとに、製品優劣ではなく組織規模で選ぶための判断軸を整理します。なお価格はいずれも2026年6月時点の情報で、最新は各社公式での確認をおすすめします。
製品の優劣ではなく、自社の複雑性で選ぶ
最初に押さえるべきは、HubSpotとSalesforceの選択は優劣ではなくトレードオフだという点です。評価機関のNucleus Researchが2024年に公表したSFA(営業支援)市場の評価マトリクスでは、Salesforceを「Leader」、HubSpotを「Accelerator」に位置づけています。同レポートの評価軸は機能の深さ(functionality)と使いやすさ(usability)の2軸で、Salesforceは規模を拡大しても高い機能性を保てる点が、HubSpotは高い使いやすさと迅速な導入が評価された結果です。(参照:Nucleus Research「2024 SFA Technology Value Matrix」(2024))
ここで読み取るべきは、どちらが上かではありません。両者は「機能の深さ」と「導入の速さ・容易さ」という、しばしば両立しにくい価値のどちら寄りかが違う、ということです。複雑な営業プロセス、多階層の承認フロー、事業部ごとに異なる商談管理を1つの基盤に乗せたい大企業であれば、深い機能とカスタマイズ性が効きます。一方、営業が10〜30名規模で、プロセスもまだ標準化の途中にある中堅企業では、その深さは使いこなす前にコストと運用負荷になりがちです。
つまり判断の出発点は「どちらが優れたCRMか」ではなく「自社の営業プロセスはどれだけ複雑か」「その複雑性を運用し続ける体制があるか」です。この問いに正直に答えると、多くの中堅BtoBにとっての論点は機能の天井ではなく、入れたものを使い続けられるかに移ります。
満足度の高さは「使い続けられるか」の代理指標
次に見るのは、実際の利用者がどう評価しているかです。第三者レビュー集計サイトのG2(2025年集計)では、HubSpot Sales HubとSalesforce Sales Cloudはいずれも総合評価が星4.4前後と拮抗していますが、項目別には傾向の違いが出ています。使いやすさはHubSpot Sales Hubが8.7、Salesforce Sales Cloudが8.0。導入のしやすさはHubSpotが8.4、Salesforceが7.2でした。一方でレビュー件数はSalesforceがHubSpotの約2倍あり、市場での存在感ではSalesforceが上位、利用者満足度ではHubSpotが上位という構図が見えます。(参照:G2「HubSpot Sales Hub vs Salesforce Sales Cloud」(2025))
この数字を「HubSpotのほうが良い製品」と読むのは誤りです。レビュー集計の満足度はあくまで利用者の体感であり、製品の絶対的な優劣を示すものではありません。むしろ中堅BtoBにとっての意味は、満足度や使いやすさのスコアを「導入後に現場が使い続けられるか」の代理指標として読むところにあります。CRMは契約しただけでは1円も生みません。営業が毎日商談を入力し、マネージャーが画面で進捗を見て初めて投資が回収されます。使いやすさと導入のしやすさのスコアは、その定着のハードルの低さを間接的に示しています。
裏を返せば、Salesforceのレビュー件数が約2倍という事実は、それだけ大規模・複雑な運用に耐えてきた実績の厚みでもあります。専任の管理者やパートナーを確保でき、複雑な要件を作り込みたい組織にとっては、その作り込みの自由度こそが価値になります。要は、自社が「使いやすさで定着を取りに行く」のか「作り込みで複雑性に対応する」のか、どちらの戦い方をするかで適合する製品が変わるということです。
投資対効果は「定着して初めて」出る
3つ目の論点は、よく引用される高いROIをどう読むかです。HubSpotが委託しIDCが2023年に実施した調査では、Marketing Hubの導入企業で3年間の投資対効果(ROI)が505%、投資回収までおよそ4か月、チームの生産性が73%向上したと報告されています。(参照:IDC「Business Value of Marketing Hub」(2023))
この数字は割り引いて読む必要があります。第一に、HubSpotが委託した調査であり、構図として自社事業に有利な結果が出やすい立場にあります。第二に、対象はMarketing Hubで、回答も10社へのインタビューを基にした規模です。第三に、対象製品やプランが違えば数字も当然変わります。したがって「HubSpotを入れればROI 505%」と読むのは正しくありません。
それでも実務上の示唆は明確です。こうした高いROIは、ツールを契約した瞬間に発生するのではなく、現場が日々使いこなし、業務に定着して初めて立ち上がる数字だということです。前節のG2で見た「使いやすさ・導入のしやすさ」のスコアと、このIDCの高ROIは、別々の話ではありません。定着しやすい設計だから現場が使い、使うから成果が出る、という連続した一本の線として読むのが正確です。逆に言えば、どれだけ機能が豊富でROIの事例が華やかでも、自社の営業が入力しなければ数字はゼロのままです。選定の段階で「導入後、誰がどう使い続けるか」を描けているかどうかが、投資対効果を実際に分けます。
シート単価で比べると判断を誤る
4つ目は費用の見方です。CRMの費用をシート単価(1人あたりの月額)だけで比べると、ほぼ確実に判断を誤ります。まず日本での公式価格を事実として並べます(いずれも税抜・2026年6月時点・最新は各社公式で要確認)。
- HubSpot Sales Hub(1シートあたり月額):Starter 840円、Professional 10,800円、Enterprise 18,000円
- Salesforce Sales Cloud(1ユーザーあたり月額・年間契約):Starter Suite 3,000円、Pro Suite 12,000円、Enterprise 19,800円、Unlimited 39,600円
両社はエディションの区切りも含まれる機能も異なるため、この一覧を横並びにして「どちらが安い」を結論づけることはできません。たとえばHubSpotのProfessional 10,800円とSalesforceのEnterprise 19,800円は、名前も価格帯も対応していません。
理由は、シート単価が総保有コスト(TCO)の一部に過ぎないからです。実際の費用には、初期実装やデータ移行、外部ツールとの連携開発、運用後の保守・改修、そして管理者や外部パートナーの人件費が積み上がります。高機能で作り込める製品ほど、この作り込みと維持の人的コストが大きくなりやすい構造があります。さらに、必要な機能がアドオン(追加機能の有償オプション)として別売りの場合、表示価格と実際の支払額は乖離します。上位プランでは別途、初期の導入支援費用がかかる場合もあります。
中堅BtoBで現実的なのは、3年程度の期間でシート費用に加えて、初期実装・連携・運用人件費・想定アドオンを足し込んだTCOで比較することです。少人数運用の会社では、月額の安さよりも「専任の管理者を置かずに回せるか」のほうが総コストへの影響が大きいケースが少なくありません。この観点は、ツールを増やすほど現場の負担が増える構造を扱った別稿「営業現場のツール過多をどう解くか」とも通じます。
どちらを選んでも、成果は運用設計で決まる
最後に、最も重要な前提を置きます。HubSpotとSalesforceのどちらを選んでも、成果を決めるのは製品ではなく導入後の運用設計です。前述のとおり、レビューの満足度も評価機関のポジショニングも高ROIの事例も、すべて「現場が使い続ける」ことを前提にしています。逆に言えば、選定で勝っても運用で負ければ投資は回収できません。
そこで、製品を決める前に自社へ問うべきチェックリストを3つに絞ります。
- 既存ツールとの連携:いま使っている名刺管理、メール配信、会計・基幹システムと無理なくつながるか。連携が手作業の二重入力になると、現場の入力は確実に止まります
- データ設計:商談のステージ定義、必須項目、重複の防ぎ方を、導入前に決められているか。これが曖昧なまま運用を始めると、後からデータの汚れに苦しみます
- 誰が管理するか:項目の追加やレポートの修正、新メンバーの設定を、社内の誰が担うのか。専任を置けないなら、置かなくても回る範囲に運用を設計しておく必要があります
この3点は製品選定の前にこそ決めるべき事柄で、ここを詰めずに製品だけ決めると、どちらを選んでも「入れたのに使われない」状態に陥ります。とくにデータ設計を後回しにした場合の弊害は大きく、運用開始後の重複や表記揺れがレポートと施策の精度を下げます。この論点は別稿「AIの前にCRMデータの汚れを片付ける」で詳しく扱っています。
ここまでの示唆を運用に落とすと、論点は「どちらの製品か」から「選んだ製品の上で、連携・データ設計・管理体制をどう組むか」に移ります。Respectifyでは少人数運用を前提に、商談ステージとデータ項目の設計、既存ツールとの連携、専任を置かずに回せる管理体制づくりまでをHubSpotの導入・定着支援として扱っています。製品選定そのものより、選んだあとの定着設計のほうが成果を左右するという考えからです。
まとめ
- HubSpotとSalesforceの選択は優劣ではなくトレードオフです。Nucleus Researchの2024年評価ではSalesforceが「Leader」(機能の深さ)、HubSpotが「Accelerator」(使いやすさと導入の速さ)に位置づけられ、自社の営業プロセスの複雑性と運用体制で選ぶのが出発点になります。
- 第三者レビュー集計のG2(2025年)では総合評価は星4.4前後で拮抗。使いやすさ・導入のしやすさはHubSpotが上位、レビュー件数(市場での存在感)はSalesforceが約2倍。満足度は優劣ではなく「使い続けられるか」の代理指標として読みます。
- HubSpot委託のIDC調査(2023年)が示す3年ROI 505%・回収約4か月は、委託調査で対象もMarketing Hubに限られる点を踏まえつつ、こうした成果が「定着して初めて出る」ものだと読むのが正確です。
- 費用はシート単価だけで比べると誤ります。実装・連携・運用人件費・アドオン・導入支援を含めた3年程度のTCOで比較し、少人数運用では「専任管理者を置かずに回せるか」を重視するのが現実的です(価格は税抜・2026年6月時点・最新は公式で要確認)。
- どちらを選んでも成果は運用設計で決まります。製品を決める前に、既存ツール連携・データ設計・管理体制の3点を詰めることが、損しない選び方の核心です。
自社の営業プロセスにHubSpotとSalesforceのどちらが合うか、また選んだあとの定着設計をどう組むかを相談したい場合は、無料相談からお気軽にお寄せください。