「ブランド認知向上のために展示会やオウンドメディアに投資しています」と役員に報告したとき、必ず返ってくる問いがあります。「それで、認知は上がったのか。数字で示せるのか」。ここで多くの担当者が言葉に詰まります。手元にあるのは「名前を知っているか」を問うた認知率くらいで、その数字が翌四半期の商談にどうつながるのかを説明できないからです。
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買い手が実際に何かを買おうと動き出した瞬間に、自社の名前が頭に浮かぶかどうか。これこそがブランド投資が最終的に問われている点です。マーケティングサイエンスの分野では、この「思い出されやすさ」をメンタル・アベイラビリティ(mental availability、頭の中での見つかりやすさ)と呼び、認知率よりも踏み込んだ形で数値化する方法が確立されています。本稿では、その中核にある3つの測定指標を、横文字に頼らず、BtoBの実務で一人でも回せる形に落として整理します。
なぜ「名前を知っている人の割合」だけでは不十分なのでしょうか。理由はシンプルです。名前を知っていることと、いざ検討する場面で思い出すことは別物だからです。
業務システムの入れ替えを例に考えてみます。ある情報システム部門の担当者が「人手による集計作業をなくしたい」と考え始めたとき、頭に浮かぶ会社が3社あったとします。検討のテーブルに最初に載るのは、まさにこの3社です。アンケートで「この会社を知っていますか」と尋ねれば名前が挙がるのに、いざ課題が発生した瞬間には思い出されない会社は、検討の入り口にすら立てません。認知率はこの差を捉えられないのです。
ここで鍵になるのが、買い手が「そろそろ検討しよう」と動き出すきっかけそのものです。マーケティングサイエンスではこれをカテゴリーエントリーポイント(CEP)と呼びます。難しく聞こえますが、要は「買い手がそのカテゴリーの製品を思い浮かべる具体的な状況や needs」のことです。BtoBであれば、「月次報告の集計に毎回半日かかっている」「ベテラン営業の退職で案件情報が引き継げない」「親会社からデータ活用を求められた」といった、現場で実際に起きる場面がCEPにあたります。買い手の頭の中で、こうした一つひとつの場面と自社の名前がどれだけ結びついているか。それを測るのがメンタル・アベイラビリティの考え方です。
なお、買い手の大半は任意の時点では検討に入っていない、という前提も合わせて押さえておくと、ブランド投資を長期で見る必要性がより明確になります。この点は別記事「買い手の95%はまだ市場にいない。BtoBの古典「95:5ルール」の正しい読み方」で扱っています。
メンタル・アベイラビリティは、漠然とした「ブランド力」ではなく、具体的な3つの指標に分解して測れます。これらはオーストラリアのエレンバーグ・バス研究所(Ehrenberg-Bass Institute)のジェニ・ロマニウク氏らが体系化したもので、消費財の世界では実際の販売データと照らして妥当性が検証されてきました。(参照:Insight Platforms「Measuring Mental Availability for Better Brand Health Tracking」)
ひとつずつ、平易な問いに言い換えながら見ていきます。
メンタルペネトレーションは、「自社の名前を、少なくとも1つの購買場面と結びつけて思い出せる買い手が、どれくらいの割合いるか」を測ります。先ほどの研究機関の整理では、ブランドと購買状況の間に少なくとも1つのつながりを持つ消費者の割合と定義されています。(参照:Insight Platforms「Measuring Mental Availability for Better Brand Health Tracking」)
従来の認知率に最も近い指標ですが、決定的に違うのは「ただ知っているか」ではなく「何らかの検討場面と紐づけて思い出せるか」を問う点です。名前は知っていても、どの場面で頼れる会社なのかが頭の中で結びついていなければ、検討の瞬間には呼び出されません。この指標は、その「検討場面への引っかかり」の広さを示します。
ネットワークサイズは、「買い手が自社に対して平均でいくつの場面・連想を結びつけているか」を測ります。研究機関の定義では、消費者がそのブランドについて持つ連想の平均数とされています。(参照:Insight Platforms「Measuring Mental Availability for Better Brand Health Tracking」)
たとえば、ある支援会社が「報告の自動化」という1つの場面だけで思い出されるのか、それとも「報告の自動化」「営業の属人化解消」「ツールの統合」「AIの業務実装」という複数の場面で思い出されるのか。後者のほうが、買い手が動き出すきっかけが何であれ検討に入る確率が高くなります。結びつく場面が多いほど、市場のさまざまな入り口から商談が生まれる、という発想です。BtoBで複数の課題を扱う会社ほど、この指標は重要になります。
メンタルマーケットシェアは、「カテゴリー全体の中で、買い手の頭の中をどれだけ占めているか」を測ります。研究機関の整理では、消費者の心の中での存在感を示し、実際の販売データと照合して妥当性が確認された指標だと説明されています。(参照:Research World「The New Way Insights Teams are Measuring Brand Health」(2023))
3指標の中で最も「市場シェアの先行指標」に近いのがこれです。あらゆる購買場面を通じて、競合も含めた選択肢の中で自社が思い浮かべられる割合を集計したものと考えればよいでしょう。今期の実売上は過去の活動の結果ですが、頭の中での占有率は、これから市場に入ってくる買い手の検討に自社が載るかどうかを示します。だからこそ先行指標として役立ちます。
なお、これら3指標の体系は消費財ブランドの調査から発展したものです。BtoBに持ち込む際は、買い手が法人で関与者が複数いること、購買サイクルが長いことを踏まえ、後述するように指標の絶対値よりも「自社内での推移」を見るのが現実的です。
ここからはRespectifyの実務視点です。日本のBtoB企業、とりわけ従業員50〜200名規模の会社にとって、この3指標は2つの場面で効きます。
ひとつは、役員や親会社へのブランド投資の説明です。ブランドや認知の施策は、その四半期の商談数では効果が見えにくく、報告のたびに「で、これは何の役に立っているのか」と問われがちです。ここで「自社が想起される場面の数(ネットワークサイズ)が半年で増えている」「特定の課題場面での想起率(メンタルペネトレーション)が伸びている」と先行指標で示せれば、実売上に表れる前の段階で投資の手応えを数字で語れます。BtoBの意思決定者を対象とした分析を行うLinkedinのB2B Instituteも、ブランドの成長はこうした「頭の中での見つかりやすさ」を広げることに支えられると整理しています。(参照:LinkedIn B2B Institute「How B2B Brands Grow」)
もうひとつは、少人数のマーケティング体制でも、想起を施策の評価軸に組み込めることです。一人マーケで日々の数字に追われていると、どうしても「今期の問い合わせ件数」だけで施策の良し悪しを判断しがちです。しかし、自社が思い出される場面が広がっているかという観点を持つだけで、すぐには商談化しない発信や接点づくりを「捨てる施策」ではなく「先行指標を育てる施策」として位置づけ直せます。
こうした想起の指標を、リード獲得やナーチャリングの数字とつなげて1つの計測の流れに組み込む設計は、私たちがブランド想起から育成までを設計するリード獲得・育成の支援でご一緒している領域です。先行指標としての想起と、商談化という結果指標を分断せずに見られるようにします。
専門の調査会社に大規模なブランドトラッキングを毎月発注できる会社は限られます。ここでは、特別な予算がなくても始められる最小構成を示します。完璧な学術的精度を狙うのではなく、自社内での推移を継続的に見ることを目的にします。
回答者の集め方が毎回変わると推移の比較が成り立たなくなるため、測り方を一度決めたら固定するのが何より重要です。手間はかかりますが、ここで作った「場面の言葉」のリストは、コンテンツの企画や広告の訴求軸の整理にもそのまま使えます。
ブランドや認知の投資を、上長や親会社に数字でどう説明するか迷う場合は、想起の先行指標と商談化の結果指標をつなぐ計測設計から一緒に整理できます。無料相談からお気軽にお声がけください。