「生成AIはもう導入しています」。この一文は、経営会議でも親会社への報告でも、すっかり当たり前になりました。問題は、その導入が「期待を大きく上回る成果」と呼べるところまで届いているかどうかです。多くの会社では、議事録の要約やメール文面の下書きといった効率化までは進んだものの、そこから先の成果が見えていません。
PwC Japanが2025年に公表した5カ国比較の調査は、この「効率化までは進んだが成果が出ない」状態が、日本に特有の傾向であることを数字で示しています。本稿では、日本と米国で生成AIの効果がなぜ分かれるのかを調査データで確認し、その差を生んでいる「目標設定の高さ」と「経営層の関与」という二つの要因を、稟議や現場の進め方に落とせる形で整理します。
5カ国を並べると見える、日本の位置
まず調査の概要です。PwC Japanの「生成AIに関する実態調査2025春」は、日本・米国・中国・英国・ドイツの5カ国を対象に、売上500億円以上の企業の課長以上を回答者として実施されました。5カ国の合計はおよそ2,600名、うち日本は945名です。一定規模以上の企業の意思決定に関わる層に絞った調査である点が、判断材料としての価値になります。(参照:PwC Japan「生成AIに関する実態調査2025春」)
この調査で注目すべきは、「期待を大きく上回る成果が出た」と答えた企業の割合です。PwC Japanによれば、期待を上回る効果を実感している企業の割合は、日本は米国・英国の4分の1、ドイツ・中国の半分にとどまります。導入の推進度そのものは平均的でありながら、効果の実感だけが他国に大きく見劣りする、という構図です。日本だけが取り残された形になっています。(参照:PwC Japan「生成AIに関する実態調査2025春 5カ国比較」(2025))
しかもこの差は縮まっていません。日本では前回調査で見えた二極化の傾向が解消せず、むしろ効果が期待を下回る企業がやや増えています。PwC Japanは、効果の差は時間とともに指数関数的に広がると指摘しており、放置するほど追いつくのが難しくなる構図です。日本の生成AIの推進度自体は前回から13ポイント上がって56%と過半数を超えており、「使ってはいるが成果が出ない」状態が固定化しつつあると言えます。
念のため申し添えると、「生成AIを使っているか」という導入率だけを見れば、日本の数字も伸びています。同じくAI活用を扱った別の調査では、生成AIの活用は急速に広がっていることが示されています。つまり問題は「使っているかどうか」ではなく、「使った結果、期待を超える成果が出ているかどうか」にあります。この調査が照らしているのは、まさにその効果側のギャップです。
効率化で止まる日本、成果まで届く海外
なぜ同じように生成AIを導入しても、効果にこれだけの差がつくのか。調査が示す手がかりの一つは、成果が出ている企業と出ていない企業とで、AIの位置づけそのものが違うという点です。
成果が出ていない企業では、生成AIの用途が文章作成や情報収集といった「個人の作業を速くする」効率化にとどまりがちです。これ自体は悪いことではありません。ただ、効率化は一人ひとりの作業時間を削るところで効果が頭打ちになり、売上や利益といった事業の成果指標には直結しにくいという性質があります。「便利になった」という実感はあっても、「期待を大きく上回った」という評価には届きません。
対して成果を出している企業は、生成AIを業務プロセスや事業のあり方そのものに組み込もうとしています。個人の作業の速さではなく、業務の流れや顧客への提供価値をどう変えるかという、一段上の目標を最初から掲げているわけです。同じ「導入済み」でも、出発点に置いた目標の高さが違う。この差が、1年後の成果の差になって表れていると読めます。
日本企業に当てはめると、ここには思い当たる構造があります。生成AIを「とりあえず使ってみる」「現場で試してみる」というボトムアップの取り組みから始めた場合、目標は自然と「目の前の作業を楽にする」あたりに落ち着きます。悪気なく効率化の枠内に収まってしまい、そこから成果へ目標を引き上げる機会がないまま1年が過ぎる。約10%で横ばいという数字の背景には、こうした目標設定の低さがあると考えられます。
成果を分けたのは、経営トップが直接握っているか
もう一つ、この調査が明確に示した差があります。経営層の関与です。
「期待を大きく上回る成果が出た」と答えた企業では、約6割が生成AIの取り組みを「社長直轄」、つまり経営トップが直接推進していると回答しました。一方、期待に届かなかった企業で社長直轄と答えたのは1割未満です。成果が出ている企業ほど、AIの取り組みが経営の最重要課題として扱われ、トップが直接旗を振っている、という対比がはっきり出ています。(参照:Impress Cloud Watch「生成AI活用で効果を上げる企業、国を超えた共通点」、EnterpriseZine「5ヵ国比較で見えた日本の生成AI活用後れ」)
これは前項の目標設定の話とつながっています。経営トップが直接握っている取り組みであれば、目標は「現場の作業効率」ではなく「事業の成果」に置かれます。逆に、現場の一部署が独自に試している段階にとどまれば、目標は現場の都合の範囲を出ません。経営の関与と目標の高さは、いわば同じ構造の表と裏です。
ここで注意したいのは、「だから社長が乗り出せば解決する」という単純な話ではない点です。日本企業の場合、稟議や合議の文化のなかで、AIの取り組みが各部署の効率化提案として個別に上がってくることが多く、全社の成果目標として束ねる旗振り役が不在になりがちです。経営層の関与とは、号令をかけることではなく、「このAI投資で事業のどの指標をどこまで動かすのか」という目標を経営の言葉で定義し、その達成に責任を持つことを指します。
日本企業が成果側に回るための、目標の置き方
ここまでの調査結果を、自社で何をすべきかという視点に翻訳します。生成AIで成果を出すために最初にやるべきは、ツールの選定でも全社展開でもなく、目標の設計を一段引き上げることです。
具体的には、AI活用を起案・推進する立場の方が、次の三つを意識的に組み立てることをおすすめします。
- 効率化の先に成果指標を置く:「議事録要約の時間を減らす」で止めず、その先に「営業が顧客と向き合う時間を増やし、商談化率を上げる」といった事業の成果指標まで目標を伸ばす。削った時間を何に振り向けて、どの数字を動かすのかをセットで定義します。
- 目標を経営の言葉に翻訳する:稟議や経営報告では、「業務が効率化される」ではなく「この投資で事業のどの指標がどれだけ動く見込みか」を語ります。PwCの調査が示した「成果が出る企業は経営トップが握っている」という事実は、AI投資を経営課題として位置づけるための、そのまま使える材料になります。
- 小さく始め、成果指標で評価する:いきなり全社展開を狙う必要はありません。一つの業務に絞って導入し、効率化の指標ではなく、その先の成果指標で評価する。そこで成果が出れば、それが次の投資を経営に通すための実績になります。
特に大手企業のグループ会社では、AI活用を任された推進担当が「経営や親会社にどう成果を説明するか」で悩む場面が多くあります。この調査は、その説明の出発点を「効率化の積み上げ」から「事業成果を狙う目標設計」へと切り替える根拠として役立ちます。少人数で運用しているマーケティングや営業の現場でも、考え方は同じです。「作業が楽になった」で満足せず、空いた時間で動かすべき数字を最初に決めておくことが、成果側に回る分岐点になります。
私たちRespectifyがAI活用を支援する際にも、ツールの導入そのものより、「何の成果を、どの指標で測るのか」という目標設計から入ることを基本にしています。導入と運用を成果につなげる進め方については、目標設計から始めるAI活用支援で詳しく紹介しています。AIをどこから手をつけるべきか迷っている段階であれば、無料相談からお声がけください。
まとめ
PwC Japanの5カ国調査が示したのは、生成AIを「導入したかどうか」では、もはや企業の差は説明できないという現実です。期待を上回る効果を実感する企業の割合は、日本は米国・英国の4分の1、ドイツ・中国の半分にとどまりました。導入の推進度は平均的なのに、効果の実感では水をあけられているのです。
その差を生んでいたのは、ツールの性能でも導入のスピードでもなく、目標設定の高さと経営層の関与でした。効率化で止まる企業は目標が現場の作業の範囲にとどまり、成果まで届く企業は事業の成果を最初から狙い、経営トップが直接推進していました。日本企業が成果側に回るために必要なのは、新しいツールではなく、AI活用の目標を一段引き上げ、それを経営の言葉で定義し直すことです。導入が当たり前になったいまこそ、目標の置き方が次の差を決めます。