失注理由は本当にそれですか。買い手と営業の認識が一致するのは15%という調査を読む。
月次の営業会議で失注案件の一覧を開くと、理由欄には「価格」「競合」「時期尚早」が並んでいる。誰もその記述を疑わず、「次は値引きの権限を広げよう」という話で会議が終わる。心当たりのある方は多いのではないでしょうか。ところが、Win-Loss分析(受注・失注の理由を買い手から直接聞き取る調査手法)のサービスを提供する米Clozd社の自社リサーチによれば、買い手が語る失注理由と、営業が記録した失注理由が一致するのはわずか15%だといいます。本稿では、Clozdの年次調査「2025 State of Win-Loss Analysis」を入り口に、CRMの失注理由がなぜ当てにならないのか、そして少人数の体制でも失注理由を仕組みで取りにいく方法を整理します。
Win-Loss分析とは何か
Win-Loss分析とは、商談の決着後に「なぜ選ばれたのか、なぜ選ばれなかったのか」を買い手本人へのインタビューやアンケートで確かめる取り組みです。スポーツチームが試合後に録画を見返すのと同じ発想で、商談を振り返るための一次情報を営業の記憶ではなく買い手の証言から集めます。
最初に断っておくと、本稿で参照するClozd社はこのWin-Loss分析を事業とするベンダーであり、「Win-Loss分析は効果がある」という結論に利害を持つ立場です。同社の年次調査もサンプル数は公開されていません。その前提は必要ですが、後述するとおり別の調査会社の分析とも方向が一致しており、「失注理由の記録は当てにならない」という問題提起自体は検討に値すると考えています。
営業の記録と買い手の本音が一致するのは15%
冒頭の15%という数字を確認します。これはClozd社が公開しているWin-Loss分析ガイドで紹介されている自社リサーチの結果で、「買い手が語る失注理由」と「売り手(営業)が記録した失注理由」が一致したのは15%だった、というものです。注意点として、この数字は2025年版の年次調査とは別のClozd自社調査であり、調査規模や実施時期は公開されていません。厳密な統計として扱うより、「ずれの大きさを示す目安」として読むのが妥当です。(参照:Clozd「Win-Loss Analysis: The Complete Guide」)
ただし、このずれを指摘しているのはClozdだけではありません。営業トレーニングを手がける米Corporate Visions社は、10万件超のB2B購買決定の分析に基づき、失注理由について売り手と買い手の説明が食い違うケースは50〜70%にのぼると報告しています。さらに同社の分析では、「失注」とされた案件の53%は、営業プロセスに失策がなければ勝てた可能性があったといいます。失注の半分以上が「価格や競合のせい」ではなく「自分たちの進め方」に原因があったとすれば、CRMの理由欄に並ぶ「価格」の文字を鵜呑みにするのは危険です。(参照:Corporate Visions「The Business Case for Win-Loss Analysis」)
考えてみれば、ずれが生まれるのは自然なことです。失注理由を入力するのは負けた本人であり、「私の提案の進め方が悪かった」とは書きにくい。「価格で負けた」は誰も傷つけない便利な理由です。一方の買い手も、断りの場面で本音を語る義理はありません。「予算の都合で」という角の立たない説明をして終わりにします。両者の遠慮が重なった結果が、理由欄の「価格」なのです。
続けている会社ほど勝率向上を報告している
では、買い手に直接聞きにいくとどうなるか。Clozdの年次調査「2025 State of Win-Loss Analysis」では、Win-Loss分析を実施している企業の63%が勝率の向上を実感していると回答しました。さらに、プログラムを2年以上運用している企業に限ると、勝率向上を報告した割合は84%に上がります。「2年以上続けた企業が84%いる」のではなく、「2年以上運用している企業のうち84%が勝率向上を報告した」という数字である点に注意してください。単発で終わらせず継続するほど、成果の実感が高まる傾向です。
運用の形も変わってきています。同調査では、継続的かつ部門横断(営業だけでなくマーケティングや製品部門も関与する形)でWin-Lossプログラムを運用する企業が39%となり、前回のレポートから31%増えました。これは割合としての伸びであり、31ポイント増ではありません。また、こうした継続型・部門横断型プログラムの85%が投資に見合うリターン(ROI)のプラスを報告し、調査対象企業の97%がWin-Loss分析への投資を維持または拡大する意向と回答しています。(参照:Clozd「2025 State of Win-Loss Analysis」)
繰り返しになりますが、これは当事者であるベンダーの調査です。勝率が上がったから続けているのか、続けるだけの体力がある会社だから勝率も上がったのか、因果の向きはこの数字だけでは判断できません。それでも「失注理由を本人の記憶と自己申告に任せず、買い手から構造的に集める」という方向性は、後述する日本の現場の事情を踏まえても合理的だと私たちは考えています。
日本の現場で失注理由が「価格」一辺倒になる構造
ここからはRespectifyの実務視点です。日本のBtoB企業のCRMを見せていただくと、失注理由の選択肢は整備されているのに、実際の入力は「価格」と「その他」に集中しているケースによく出会います。背景には日本特有の事情が重なっています。
- 断り文句の文化: 日本の買い手は関係を壊さない断り方を選びます。「予算が取れませんでした」「今回は見送りで」という表現は、本当の理由(提案内容への不満、社内推進者の不在、稟議での疑義)を覆い隠します。
- 失注後に聞きにいく習慣がない: 欧米ではWin-Lossインタビューを第三者が行う商習慣が一定程度ありますが、日本では「負けた相手に理由を聞く」こと自体が遠慮され、貴重な一次情報が回収されないまま消えていきます。
- 理由欄が報告のための欄になっている: 上長や親会社への月次報告に載る数字だからこそ、説明しやすい理由が選ばれます。グループ会社で報告を担う立場なら、「入力はされているのに、その数字を信じて打ち手を語れない」というもどかしさに覚えがあるはずです。
この構造は、CRMの失注理由データだけが例外的に汚れているという話ではありません。担当者の記憶と自己申告に依存したデータは、どの項目でも同じように劣化します。CRMデータ全体の信頼性については、AIの前にCRMの汚れを片付けるという記事で別途整理していますので、あわせてご覧ください。
少人数で始める簡易Win-Lossの手順
専門ベンダーに依頼する本格的なインタビュープログラムは、年間予算も体制も必要です。しかし、従業員50〜200名規模のBtoB企業が自前で始められる簡易版でも、理由欄の「価格」一辺倒よりはるかに役立つ情報が集まります。おすすめは次の3段構えです。
1. 記録ルールを先に直す: CRMの失注理由を「価格/競合/その他」のような大分類から、「要件不一致」「社内稟議で否決」「現状維持(何も導入しない)を選択」など実際の打ち手につながる選択肢に再設計します。あわせて「失注理由は商談相手の発言を根拠に選ぶ。推測の場合はその旨を備考に書く」という入力ルールを1枚で決めます。
2. 失注後アンケートを自動で送る: 商談がクローズした案件に、3問程度の短いアンケート(決め手は何か、自社提案で物足りなかった点、検討プロセスで困った点)をメールで送る運用を組みます。CRMやMAのワークフロー機能を使えば、失注登録をトリガーに自動送付できます。回収率は高くなくて構いません。月に数件でも、買い手本人の言葉は営業の自己申告より価値があります。
3. 月1回、勝ち負けを並べて振り返る: 月次で受注・失注を数件ずつ取り上げ、記録された理由とアンケートの回答を突き合わせる30分の会を設けます。重要なのは犯人探しにしないことです。Corporate Visionsの分析が示すとおり、失注の半分以上はプロセスの改善で勝てた可能性がある領域です。「誰が悪かったか」ではなく「次の商談で何を変えるか」だけを議題にします。
この仕組みのポイントは、エースの経験則に頼らず、失注理由の取得そのものをプロセス化することです。属人化した「あの人の勘」を、誰が担当しても回る記録と振り返りの型に置き換える。CRM側の失注理由の項目設計やアンケート送付の自動化から着手したい場合は、Respectifyの失注理由をプロセス化する営業最適化の支援でも、こうした営業プロセスのデータ設計からのご相談を多くいただいています。
まとめ
- Win-Loss分析サービスを提供するClozd社の自社リサーチでは、買い手が語る失注理由と営業が記録した失注理由が一致するのは15%でした(年次調査とは別の自社調査で、規模・時期は非公開です)。
- Corporate Visions社の10万件超のB2B購買決定の分析でも、売り手と買い手の失注理由は50〜70%のケースで食い違い、失注の53%は営業プロセスの失策がなければ勝てた可能性があったとされています。
- Clozdの年次調査では、Win-Loss分析実施企業の63%が勝率向上を実感し、2年以上運用しているプログラムでは84%が勝率向上を報告しています。継続的・部門横断型の運用は39%に達し、前回レポート比で31%増(相対増)でした。
- 日本の現場では、角の立たない断り文句、失注後に聞きにいく習慣のなさ、報告のための理由欄という3つの事情が重なり、失注理由が「価格」一辺倒になりがちです。
- 記録ルールの再設計、失注後アンケートの自動化、月1回の振り返りという3段構えなら、少人数でも失注理由を仕組みで取りにいけます。
失注は授業料を払い済みの教材です。理由欄の「価格」で片付けてしまう前に、まず直近の失注3件について買い手の言葉を取りにいくところから始めてみてください。あわせて自社の失注理由データの設計から相談したい場合は、無料相談からお声がけください。