「この顧客は直販で取りに行くべきか、代理店に任せるべきか」。この問いに、社内の誰もが同じ答えを出せる会社は、実はそれほど多くありません。営業企画部門は「大口はいずれ自社で握りたい」と考え、直販営業は目の前の商談を逃したくないと考え、代理店は「うちが育てた顧客だ」と主張します。三者それぞれの言い分に一理あるまま両チャネルを並走させると、衝突は特別な事態としてではなく、日常の運用として繰り返し起こるようになります。
代理店網を持つ中堅メーカーの営業企画担当であれば、こんな場面に覚えがあるはずです。展示会で自社の直販営業が名刺交換した工場が、実は長年の付き合いがある特約店の担当エリアだった。経営会議では「代理店経由もDXしろ」と言われる一方で、どの顧客を代理店に任せ、どの顧客を自社で握るのかという線引きは、誰も文書にしていない。パートナー制度を立ち上げたばかりの国産SaaS企業であれば、直販とパートナー経由のどちらに新規リードを渡すべきか、明確な基準がないまま現場判断に委ねている状態かもしれません。どちらの立場でも根っこにある問題は同じで、「使い分けの基準が言語化されていない」ことです。
なお、パートナーセールスという型そのものをまだ体系的に整理できていない場合は、先に「パートナーセールスとは」で全体像を押さえておくと、本稿の判断軸が理解しやすくなります。本稿では、直販と代理店それぞれの強み・弱みを整理したうえで、使い分けを決める判断軸、そして商流を実務としてどう交通整理するかを順番に解説します。
直販と代理店、それぞれの強みと弱み
まず押さえておきたいのは、直販と代理店のどちらが優れているという話ではないということです。両者はコスト構造も顧客接点の質もまったく別物であり、優劣ではなく役割の違いとして捉える必要があります。
直販の強みは、顧客との関係を自社が完全に握れる点にあります。価格戦略を自分たちでコントロールでき、代理店マージンに粗利を削られることもありません。何より、顧客の生の声が現場から直接返ってくるため、製品改善やサポートの精度が上がります。導入後に技術的な作り込みが必要な製品、あるいは意思決定に複数部門が絡む大型商談では、この「関係の濃さ」が受注の決め手になることが少なくありません。
一方で直販の弱みは、この濃い関係を作るためのコストがすべて固定費として自社にのしかかることです。営業担当の採用・教育・出張費、拠点のない地域への展開はすべて自社の投資であり、薄く広い顧客層を直販だけでカバーしようとすると、コストの伸びが売上の伸びを追い越します。展示会で名刺を交換した見込み客のすべてに直販営業を張り付けることは、どれだけ人を増やしても現実的ではありません。
代理店の強みは、この固定費を変動費に変えられる点です。代理店はすでに地域や業界での顧客関係を持っており、自社が一から関係を築くよりも早く、広くカバレッジ(顧客の受け持ち範囲)を拡大できます。B2Bの営業カバレッジ設計(顧客の受け持ち方の設計)を専門とするコンサルティングファームMarketbridgeは、間接チャネルの経済性を「Expense-to-Revenue比率」という指標で捉える考え方を示しており、代理店経由の販売では売上に対して一定の「チャネルディスカウント」、つまり代理店マージン相当のコストが発生する一方、自社の人員を増やさずに需要への対応力を確保できる点を利点として挙げています(参照:Marketbridge「B2B Coverage Design」(2023))。
代理店の弱みは、その裏返しです。代理店はメーカー一社の製品だけを扱っているわけではなく、競合製品や他業種の商材と並べて提案することもあります。顧客接点の質と情報の粒度は、自社の直販ほど細かくコントロールできません。価格やブランドの見せ方も、最終的には代理店の裁量に委ねる部分が生まれます。展示会で有望な引き合いを渡しても、その後の商談の進み方が見えにくいという悩みは、代理店販売につきものの副作用です。
もう一つ見落とされがちなのが、直販と代理店を両方持つこと自体に発生する運用コストです。二つのチャネルを併走させるということは、二つの営業プロセス、二つの報告形式、そして両者の整合を取るための調整業務を抱えるということでもあります。単一チャネルであれば発生しない「あいだ」の管理コストは、使い分けを決めた瞬間から静かに積み上がっていきます。この運用コストを見込まずに使い分けを設計すると、あとから調整業務だけが肥大化し、本来注力すべき顧客対応の時間を圧迫することになります。
顧客接点の質という軸でもう少し掘り下げると、違いはさらにはっきりします。直販の営業担当は、自社製品の技術的な背景や開発ロードマップを深く理解したうえで顧客と会話できます。導入後にトラブルが起きたときも、開発部門への一次情報の伝達が早く、対応の精度が上がります。国産SaaSであれば、直販の商談で聞いた要望が、そのまま次のプロダクト改善の材料になるという好循環も生まれます。代理店の担当者は、複数メーカーの製品知識を並行して抱えているため、どうしても自社製品への理解は直販ほど深くなりません。顧客からの細かな要望が、代理店の一次対応で吸収されてしまい、開発部門まで届かないことも起こります。一方で、代理店は顧客の業界特有の商習慣や、地域の意思決定の作法を熟知しており、初回接触のハードルを下げる力があります。どちらの接点にも固有の価値があり、片方だけが「正しい顧客接点」というわけではありません。
つまり、直販は「関係の質とコントロール」を買い、代理店は「速さと広さ」を買う構図です。どちらも正しく、どちらも万能ではありません。だからこそ次に必要なのは、優劣の議論ではなく、どの顧客をどちらに振り分けるかという判断軸です。
使い分けを決めないことのコスト
ここまでの整理を後回しにして、使い分けを決めないまま両チャネルを走らせている会社も少なくありません。その場合に何が起きるかというと、基準がないぶん、その場その場の力関係や声の大きさで顧客が振り分けられていきます。直販営業が声をかけた顧客はそのまま直販が持ち、代理店が先に接触した顧客はそのまま代理店が持つ。これは一見、現場の実態に即した合理的な運用に見えますが、実際には「早い者勝ち」のルールを暗黙のうちに採用しているだけです。
早い者勝ちの運用は、顧客セグメントや単価、LTVといった本来考慮すべき軸を無視しているため、本来なら直販で握るべき高LTVの大口顧客が代理店に流れたり、逆に代理店のほうが効率よく開拓できる裾野の顧客に直販の人員を張り付けたりする、という非効率を生みます。使い分けを決めないことは、コストがゼロの選択ではなく、非効率と衝突のリスクを先送りにしているだけの選択です。
使い分けを決める判断軸
使い分けの判断は、担当者の感覚や部門間の力関係に委ねるのではなく、次の五つの軸で言語化しておくと、社内で共通認識を作りやすくなります。
一つ目は顧客セグメント(取引規模や業界による顧客の区分)です。単価が大きく、意思決定に複数部門が絡み、導入前の検証や個別カスタマイズが必要になる案件は、コンサルティング的な関与が求められるため直販に向きます。逆に、標準品を定期的に購入する裾野の広い顧客層は、一件ごとの関与コストを抑えられる代理店の面的なカバレッジのほうが効率的です。
二つ目は地域です。自社の営業拠点がある地域は直販でも十分に対応できますが、拠点のない地域、あるいは商習慣や取引の慣行が異なる地域では、その土地に根を張った代理店の関係資産を借りるほうが立ち上がりが早くなります。全国に営業所を持たない中堅メーカーが、代理店網を通じて地方の需要を拾っているのはこのためです。
三つ目は単価です。一件あたりの粗利額が小さい取引にまで直販の人件費と出張コストをかけると、営業活動として割に合いません。逆に、代理店にマージンを乗せても十分な利益が自社に残る高単価品は、直販で握る経済合理性があります。
四つ目はサポート密度です。導入後に技術的なフォローや個別のカスタマイズ対応が頻繁に必要な製品・サービスは、代理店にすべてを委ねると、顧客が受け取る体験が代理店ごとにばらつきます。逆に、標準的な使い方で完結し、導入後のサポート頻度が低い製品は、代理店経由でも品質を保ちやすくなります。
五つ目はLTV(顧客生涯価値、一顧客が取引期間全体を通じて自社にもたらす利益の総量)です。一度の取引で終わらず、長期にわたって関係を継続し追加購入や上位プランへの移行が見込める顧客は、直販で関係を握るほうが将来の売上を守れます。逆に単発的な取引で完結する顧客であれば、代理店に委ねても失うLTVは限定的です。
このいずれか一つだけで判断するのではなく、五つを重ね合わせて考えることが大切です。実務での運用は、それほど複雑にする必要はありません。五つの軸それぞれについて「直販寄りか、代理店寄りか」を三段階程度で仮に採点し、合計点で振り分けの方向性を決めるだけでも、担当者ごとの感覚のばらつきはかなり抑えられます。稟議で使う場合も、点数化された基準のほうが、経営層への説明が一段と通りやすくなります。実際、間接チャネルの比較検討を専門に扱う海外のPRM(パートナー関係管理)ベンダーZomentumは、直販が適するのは利益率の最大化や価格戦略の完全なコントロール、直接的な顧客フィードバックの獲得を優先する局面であり、代理店が適するのは地理的な拡大やスケールの速さ、新市場への参入コストの抑制を優先する局面だと整理しています(参照:Zomentum「Direct Sales vs. Channel Partner Sales」(2025))。
これを製造業の中堅メーカーとSaaSベンダーそれぞれに当てはめると輪郭がはっきりします。計測機器メーカーであれば、大学や大手研究機関向けの高単価・高サポート密度の案件は自社の技術営業が直接対応し、地方の中小工場向けの標準機種は長年の付き合いがある特約店に任せる、という切り分けが自然です。国産SaaSであれば、エンタープライズ向けの個別提案が必要な商談は直販が持ち、業種特化の中小企業向けプランは業界に強いパートナーの紹介経由で獲得する、という組み合わせになります。高単価・高サポート密度・拠点ありの組み合わせは直販、低単価・広域・低サポート密度の組み合わせは代理店、そしてその中間は両者を併用するハイブリッドという整理です。多くの中堅メーカーや国産SaaSが実際に採っているのも、このハイブリッドの形です。
実務では、五つの軸が同じ方向を指さないことのほうが多くあります。単価は高いが自社拠点のない地域の顧客、あるいはLTVは高そうだが導入時のサポート密度が読めない新規業種の顧客など、軸同士が矛盾する場面は必ず出てきます。このとき優先すべきなのは、五つの中で自社にとって最も取り返しがつきにくい軸です。多くの中堅メーカーにとってそれはLTVであり、多くの立ち上げ期SaaSにとってそれは単価です。迷ったときにどの軸を優先するかを先に決めておくことで、案件ごとに議論を蒸し返す時間を減らせます。
なお、パートナー制度の立ち上げを担当する方の中には、海外SaaSのパートナープログラムの型をそのまま参考にしようとするケースが見られます。海外の事例には学べる部分が多い一方で、地域という軸の重みは日本の商流では海外よりも大きく出がちです。問屋・特約店を介した多段階の商流や、地域ごとに異なる商慣習が根強く残っている業種では、海外の直販偏重モデルをそのまま輸入すると、地域カバレッジの前提が崩れます。海外の型は判断軸の整理として参考にしつつ、実際の重み付けは自社の商流に合わせて決め直す必要があります。
商流を交通整理する実務、テリトリー設計とネームドアカウント
判断軸が決まったら、次はそれを実務のルールに落とし込む番です。ここでの実務用語が「テリトリー(担当領域・商圏)設計」です。
営業組織設計を専門とするAlexander Groupは、テリトリー設計の型を大きく三つに整理しています。一つ目は地域や郵便番号、都道府県といった地理的な単位で担当を区切る地理型です。もっとも一般的で、代理店の担当エリアを面で管理したい場合に向いています。二つ目は、地理に関係なく特定の顧客リストを直接指定する型で、大口の重要顧客を数社だけ抱えるような場合に向いています。三つ目は、特定地域のカバレッジは代理店に任せつつ、その中の一部の顧客だけを名指しで直販が持つ、地理型とリスト型を組み合わせたハイブリッド型です(参照:Alexander Group「Choosing a Territory Design and Alignment Methodology」(2024))。
多くの中堅メーカーや国産SaaSが実際に必要としているのは、この三つ目のハイブリッド型です。代理店網に地域や業界のカバレッジを任せながら、特定の重要顧客だけは自社の直販が対応する。この「特定顧客をあらかじめ直販指定する仕組み」を、実務では「ネームドアカウント(直販指定顧客)」と呼びます。
日本の製造業に多い問屋・特約店の商流では、この交通整理がもう一段複雑になります。メーカーから一次店、一次店から二次店へと商流が連なっている場合、テリトリーは一次店単位だけでなく、二次店の担当領域まで含めて整理しないと、二次店同士のバッティングが一次店の管理外で起き続けます。実務としては、一次店に二次店のテリトリー管理そのものを委ねつつ、メーカー側はネームドアカウントに該当する顧客だけを一次店・二次店を問わず横断で押さえておく、という二段構えが現実的です。すべてを自社で管理しようとせず、どこまでを代理店網の自律運用に任せるかを先に線引きしておくことが、商流の階層が深い業界ほど重要になります。
ネームドアカウントに指定する理由は、感覚ではなく基準として文書化しておく必要があります。2008年に発表され、北米の製造業代理店業界で古典的に参照されてきた整理では、メーカーが顧客を直販指定にする理由として、次の四つが挙げられています。その顧客の取引のほぼすべてを自社がすでに握っていて代理店が新たに提供できる付加価値が薄いケース。利益率がもともと低く、代理店手数料を乗せる余地がないケース。顧客が旧型製品しか購入しておらず、選択肢が自社しかないケース。そして、顧客自身がメーカーとの直接取引を明確に望んでいるケースです(参照:MANA「Why I Love to Find My Competitors' House Accounts」(2016))。なお原文は代理店側の視点で書かれており、これらは代理店から見れば「メーカーに狙われやすい」ケースとして紹介されているものでもあります。
この四つの基準を自社の言葉に置き換えて文書化しておくだけで、「なぜあの顧客だけ直販なのか」という代理店からの疑問に、その場しのぎではなく一貫した説明で答えられるようになります。逆に基準がないままネームドアカウントを増やしていくと、代理店の目には「メーカーが儲かる顧客だけをつまみ食いしている」ように映り、案件情報を早めに共有する動機そのものを失わせてしまいます。ネームドアカウントは、代理店を管理するための道具ではなく、代理店との関係を長く続けるために、自社が越えてはいけない線を先に引いておく仕組みだと捉えるのが実務上は正しい態度です。
もう一つ欠かせないのが価格の整合です。同じ製品を直販と代理店の両方で扱う以上、参考価格に大きな差があると、価格の安いほうに顧客が流れ、もう一方のチャネルが形骸化します。直販の見積もり基準価格と、代理店に卸す仕切価格・推奨小売価格の関係をあらかじめ決めておき、代理店の取り分を圧迫しない範囲で直販側の値引き余地を管理する。この価格整合ができていないと、次の章で扱うバッティングの多くは、実はテリトリーの設計不備ではなく価格の設計不備から生まれていることに気づきます。
テリトリーとネームドアカウントの一覧は、決めたら終わりではなく、代理店に対して透明に開示しておくことも欠かせません。どの地域、どの顧客が誰の担当かを社内資料にとどめ、代理店には結果だけを個別に伝える運用にすると、代理店は「なぜ自分たちの担当エリアからあの顧客だけ外されたのか」を疑心暗鬼のまま受け止めることになります。年に一度の販売店会や代理店向けのキックオフの場で、直販指定の基準そのものを公開し、新製品の投入や取引実績の変化に応じて一覧を見直すタイミングもあらかじめ決めておく。この運用が、代理店から見た「支援・連携のための線引き」と「メーカーの都合による横取り」を分ける境界線になります。
代理店の数が増えるほど、線引きの精度が問われる
テリトリーとネームドアカウントの設計は、代理店が数社のうちは、営業企画担当の頭の中だけでも運用が回ってしまいます。担当者がすべての代理店の顔と実績を把握しているうちは、多少あいまいな基準でも大きな摩擦は起きません。問題は、例えば代理店が10社、20社と増えていったときです。担当者の記憶に頼った運用は、代理店の数が増えるにつれて再現性を失い、同じような状況の代理店に対して違う判断をしてしまう場面が出てきます。
このとき次に必要になるのが、代理店ごとの実績を継続的に評価し、その結果をテリトリーの見直しに反映させる仕組みです。稼働率の低い代理店に広いテリトリーを与え続けていないか、逆に実績を伸ばしている代理店の担当領域が狭すぎないか。こうした評価を、感覚ではなく契約数・稼働率・単価・継続率といった指標で定期的に見直す設計については、「代理店の評価基準とインセンティブ設計」で扱っています。使い分けの基準とテリトリーの一覧は、一度作って固定するものではなく、代理店の実績評価とセットで回し続けるものだと捉えておくと、規模が大きくなってからの手戻りを防げます。
バッティングは事後調整でなく事前設計で防ぐ
テリトリーとネームドアカウントを設計しても、現場では想定外の重なりが起こります。代理店が新規開拓した顧客が、実はすでに自社の直販が接触していた。逆に、直販が声をかけた企業の別部門に、既存の代理店がすでに深く入り込んでいた。よくあるのは、代理店が半年かけて育てた商談の情報が社内で共有された途端、マージンの乗らない直販のほうが安い見積もりを出せることに気づいた担当者が、悪気なく提案を出してしまうケースです。受注できれば自社の数字にはなりますが、代理店から見れば育てた商談を仕入元に奪われたことになります。こうした重なりが起きたときに、部長同士の電話一本で決着をつける会社は少なくありません。
しかし、その場しのぎの調整には二つの問題があります。声の大きいほうが勝つ属人的な決着になりやすいこと、そして一度そういう決着を経験した代理店は、次から有望な案件情報を早めに共有しなくなることです。代理店にとって、情報を早く出すことのメリットが「奪われるリスク」でしかなくなれば、合理的な行動は「ぎりぎりまで隠す」になります。これは代理店の不誠実さの問題ではなく、ルールが情報共有に報いる設計になっていないことの結果です。
必要なのは、衝突が起きてから調整する体制ではなく、衝突が起きる前に判定できる体制です。その具体的な仕組みが「案件登録制度(deal registration)」です。代理店が案件を見つけた時点でメーカーに事前登録し、テリトリーやネームドアカウントの基準に照らして重複がなければ、一定期間その案件の優先権を与える。この制度が機能していれば、バッティングの多くは登録の時点で検知され、現場の力関係に頼らずに済みます。
ここで重要なのは、優先権に期限を設けることです。登録した代理店が半年も一年も動きを見せないまま優先権だけを保持し続けると、他の代理店や直販がその顧客に手を出せなくなり、商談そのものが塩漬けになります。優先権には一定の有効期間を設け、期間内に進捗の報告がなければ保護を解除する、という運用にしておくことで、案件登録は「早い者勝ちで棚上げする制度」ではなく「早く動いた者が報われる制度」として機能します。
案件登録制度を実際にどう設計するか、代理店の心理的な抵抗にどう配慮しながら導入するかについては、「代理店とのバッティングを防ぐ、案件登録制度の作り方」で手順を詳しく解説しています。本稿で押さえておきたいのは、案件登録は単独で機能する仕組みではなく、ここまでのテリトリー設計とネームドアカウントの整理があって初めて判定の根拠を持てるという順序です。「誰の担当領域か」が決まっていない状態で案件登録の仕組みだけを導入しても、登録された案件をどちらのものと判定するかの基準がなく、結局は人の裁量に戻ってしまいます。交通整理と案件登録は、必ずこの順番で設計する必要があります。
両チャネルが同時に走るとき、見える化がなぜ壊れるか
交通整理の設計とバッティングの予防ができても、もう一つ別の課題が残ります。直販と代理店を同時に走らせると、経営会議で見るべき数字が二重になるという問題です。
直販の案件はCRMの中でリアルタイムに動きますが、代理店の案件は月次の報告でしか把握できないことが珍しくありません。しかも代理店ごとに「確度A」の定義がばらばらだったり、報告が金額の合計だけで案件単位の内訳がなかったりします。経営会議では、鮮度も粒度も違う二つの数字を無理やり足し合わせて、来期の見込みとして報告することになります。直販側の数字は先週の状態、代理店側の数字は先月の状態を映しているとしたら、その合算値が意味を持つはずがありません。
これは、使い分けの設計を丁寧に行った企業ほど、皮肉にも顕在化しやすい問題でもあります。顧客セグメントごとに直販と代理店を割り振るほど、経営会議で見るべき数字はチャネル別に分かれていき、片方だけが鮮度の高いリアルタイムの数字、もう片方が鮮度の低い月次の数字という非対称が際立つからです。使い分けの設計が進んでいるのに、なぜか予測精度は上がらない、という逆説的な状況に陥る会社は少なくありません。
これは単なる集計の手間の問題ではありません。使い分けの設計そのものが正しく機能しているかどうかを、この見える化がなければ検証できないという問題です。特定の顧客セグメントを代理店に任せた結果、そのセグメントの受注率や商談化までの日数が想定より悪化していないか。ネームドアカウントとして直販が持った顧客のLTVは、実際に代理店経由の顧客より高いのか。こうした問いに答えるための材料が、鮮度と粒度の揃わない数字からは得られません。
この予測のずれは、数字の見栄えだけの問題では終わりません。経営会議で「代理店経由が来期どこまで伸びるか」を根拠に、直販の増員や新規拠点の投資を判断している会社は少なくありません。代理店側の数字の鮮度と粒度が低いまま意思決定の材料に使われ続けると、実際には伸びていないセグメントに直販の人員を追加投資してしまう、あるいは逆に伸びているセグメントへの手当てが遅れる、という判断の誤りにつながります。使い分けの設計そのものは正しくても、それを支える数字が信頼できなければ、経営判断の質は上がりません。
この見える化の課題は、テリトリー設計とは別の論点として、構造的な原因から手順を追って整理する必要があります。指標の定義から始める設計手順は、「代理店経由の売上が見えない、月次Excel報告の限界と見える化の設計手順」で扱っていますので、あわせてご覧ください。
直販と代理店のあいだにある、もう一段の壁
ここまでの整理、つまり顧客セグメントに基づく使い分け、テリトリーとネームドアカウントによる交通整理、案件登録による事前予防、そして見える化の設計は、代理店の数が一定規模までであればCRMの標準機能と運用ルールの範囲で組み上げられます。実際、多くの中堅メーカーや立ち上げ期のSaaSパートナー制度は、この範囲で十分に運用が回ります。
ところが、この設計をどれだけ積み上げても解けない壁が一つ残ります。それは、代理店が案件を登録しようとするとき、その顧客がすでに自社の直販や別の代理店で動いているかどうかを、代理店自身に事前に伝えられるかという問題です。社内のCRMを開いて調べれば分かることですが、代理店に自社の案件一覧をそのまま見せるわけにはいきません。かといって、代理店に「登録してみないと分からない」と答え続ければ、代理店は登録そのものをためらうようになり、せっかく作った案件登録制度が機能しなくなります。
「重複しているかどうかだけを、理由抜きで返す」という中間的な応答は、社内向けに作られたCRMの権限モデルをどれだけ細かく設定しても、その延長線上には作れません。権限は基本的に「見せる・見せない」の二択であり、「一部の情報だけ、判定結果だけを外部に返す」という設計には対応していないからです。テリトリーの設計を精緻にすればするほど、この判定の要求はむしろ増えていきます。
つまり、社内のCRMと社外の代理店とのあいだには、判定だけを行う別の層が要るということです。この層をどう設計するかは、代理店の数や案件登録の運用が本格化してから初めて必要になる論点であり、テリトリー設計そのものとは切り離して検討すべき課題です。
この壁は、事業が成長している会社ほど早くぶつかります。代理店網を全国に広げようとしている中堅メーカーも、パートナー経由の比率を引き上げようとしている国産SaaSも、目指す方向は同じで、代理店の数を増やしながら、直販との交通整理の精度を落とさないことです。しかし代理店の数が増えるほど、社内CRMの権限設定だけで個別の事情に対応するコストは指数関数的に増えていきます。使い分けの基準を決め、交通整理の仕組みを作った先に、こうした構造的な壁が見えてくることを、成長のどこかの段階で必ず知っておく価値があります。
まとめ
- 直販は関係の質とコントロールを、代理店は速さと広さを買う構図であり、優劣ではなく役割の違いとして捉えます。両チャネルを持つこと自体にも調整という運用コストが発生することを見込んでおきます
- 使い分けを決めずに現場の力関係へ委ねる運用は、コストがゼロの選択ではなく、非効率と衝突のリスクを先送りにしているだけです
- 使い分けは顧客セグメント・地域・単価・サポート密度・LTVの五つの軸を重ね合わせて判断し、軸同士が矛盾したときの優先順位もあらかじめ決めておきます。多くの企業は直販と代理店を併用するハイブリッドに落ち着きます
- 商流の交通整理は、地理型・ネームドアカウント型・ハイブリッド型のテリトリー設計と、直販指定顧客を決める基準の文書化、そして価格の整合が土台になります。多段階の商流ではどこまでを代理店網の自律運用に任せるかも決めておきます
- テリトリーの一覧と代理店の実績評価はセットで運用し、規模が大きくなるほど感覚的な線引きの限界が早く訪れます
- バッティングは事後調整ではなく、テリトリー設計を前提にした案件登録制度で事前に防ぎます。優先権には有効期間を設け、順序を逆にしないことが判定基準を持つ条件です
- 両チャネル併走時の見える化と、代理店への重複判定の返し方は、テリトリー設計の先にある別の課題として、それぞれ別稿で扱っています
直販と代理店の使い分けは、一度決めて終わりではなく、事業の成長や商品ラインの変化、代理店の実績の変化に合わせて見直し続けるものです。判断軸を言語化し、テリトリーとネームドアカウントの一覧を文書として残しておくことが、部長間の調整に消耗する時間を減らし、代理店との長期的な信頼関係を守る土台になります。代理店協業の状況をHubSpotの外に持ち出さず見える化する新しいツール「PartnerLens(パートナーレンズ)」を、現在β版として先行案内しています。ご関心のある方はPartnerLensのβ版ウェイトリストからご登録ください。個別のご相談は、無料相談からお気軽にどうぞ。

